日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。

5月 1日(金) 「端午の節句」もメーデーも自粛!?

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2020/05/01 9:02  RssIcon

 今日から5月。コロナ禍で人の集まるのは駄目!ということでメーデーも「オンライン」でか!

近くの財田川沿いの土手の下に小さな鯉のぼりが数百匹(?)ロープにつながって泳いでいます。でも子供たちの姿はまったく見えません。市内の幼稚園・保育園も閉じているようです。市民生活のすべてが自粛させられて、街中の様子もなんとなく人影がすくなく死んだ町のようです。

 インターハイだけでなく多くのスポーツ大会が「中止」のようです。後の歴史家はこのことをどう評価するでしょうか。今に生きている私たちが歴史の証言に答えられるように「記憶」を確かなものにしておくことが必要です。私は『マスコミ市民』5月号に以下のように記録しました。

この期に及んで「幻の東京五輪」の可能性を伝えない大マスコミ

                        市民スポーツ&文化研究所 森川貞夫

3月号で「東京五輪最悪のシナリオ」を予想しないマスコミを批判したばかりだが、またしてもその後の新型コロナウイルス感染の予想外のパンデミック(世界的流行)の拡大とその脅威に驚きながら、それでいて自らの「希望的観測」に基づく2020東京五輪開催1年延期への期待を国民に抱かせるしか能のないマスコミの罪深さをなんと表現したらいいだろうか。

去る4月7日、新型コロナウイルスの感染拡大により、安倍首相によって7都府県に緊急事態宣言が発令された。これにより外出自粛、休業要請が5月6日まで続く。対象の東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡以外にも京都府・愛知県などなど、おそらくはこれに続く自治体独自の「緊急事態宣言」が相次いで出されるであろう。その内容は、7都府県にならってどこも期間は1カ月間、5月6日までとなる見通しである。

ある専門家は「緊急事態宣言を行う必要はない」と言うが、今の状態をずるずると続けさせるか、あるいはひいては寄せる波のように繰り返しになりそうだと予測しいている。にもかかわらずなぜ「緊急事態宣言」を出すのかその理由については、「オリンピックがあるからでしょう。オリンピックを開催するためには、来年の夏までに国内をクリーンにしておく必要がある。集団免疫を得るためには時間がかかります。ワクチンも1年では作れないでしょう。私はオリンピックを開催するなら、2年後、4年後のほうがよかったと思います」(医療ガバナンス研究所理事長・上 昌広氏、FRIDAY、4月11日)と、解説している。

正直なところ、連日のテレビをはじめ各マスコミの「新型コロナウイルス感染状況」に振り回されるのはごめんだとは思いつつ、やはり心配と不安でついつい気にしてテレビのチャンネルを回してしまう。しかもいつまで続くか、出口の見えないままに「外出自粛」「自宅待機」「学校休校」などで、それこそどのテレビ局も同じ内容の繰りかえしではストレスがたまるばかりである。そこを見透かしてか、最近ではスポーツ選手・アスリートたちが次々に登場して支援・激励SNSの紹介が(おお)流行(はや)りである。「自宅でできるトレーニング」、「部活動支援」動画・体操などの実技指導だけでなく、「新型コロナウイルス感染症拡大防止活動基金」(プロ野球選手会)や寄付(サッカー・メッシ選手など)その他医療関係者たちへの支援・激励メッセージなど、さまざまな活動の輪がスポーツ界から広がっている。「スポーツで勇気を与える」という言葉も聞く。こうした報道は確かに慰みにはなるが、一方では「休業補償なしでは食っていけない」「アルバイトに行けない」「仕事がなくなりこれから先どうなるのか」という不安をかかえた多くの人々が居る。

問題は、いつになったら新型コロナウイルス感染拡大は収束(終息)するのか、今のところだれにもわからないままに「2020東京五輪1年延期」論だけが安倍首相に典型的に見られるように前のめりになっていくことであろう。しかしかんたんに1年後に「延期」というが、それで開催費用の追加分はだれが負担するのかということである。たださえ概算約3000億円(別の試算では6000億円)の追加予算が予想されているにもかかわらずバッハIOC会長は、数億ドル(数百億円)は負担する「覚悟」だとドイツ紙のインタビュー(4月13日)に応えたそうだが、冗談ではない。たとえ国・都が支払うと言っても結局は国民・都民の税金からまかなわれることになる。無策ともいえる「酷夏対策」から「無償ボランティア問題」「警備体制問題」にさらに増大するコロナ・ウイールス感染対策費、大会後に改修され約5600万戸のマンションとして民間に販売される予定の選手村問題、どれ一つとっても難問である。「復興五輪」の化けの皮はすでにはがれているが、くわえて1年延期で東京五輪が開催できるという保証はない。

このまま新型コロナウイルス感染が収束できなければ、だんだんと「オリンピックどころではない」という国民世論も増えていくのは目に見えているはずだが、そこをできるだけ避けているのが今の大マスコミである。「人類が新型コロナウイールス感染症に打ち勝った証として、完全な形で東京オリンピック・パラリンピックを開催する」という安倍首相の「発言」にただひたすら忖度するマスコミの姿勢は、2014年のIOCによる国内公式通信社に認定された共同通信社、2016年の朝日・毎日・日経・読売4紙の「東京2020オフィシャルスポンサー」(一社15億円総額60億円)に加えて産経・道新(北海道新聞)のオフィシャルサポーター契約による事実上の東京五輪への「翼賛体制」がつくられてきた。その「つけ」が今になって効いてきている。このままの状態では、「東京五輪」の1年延期の先は「中止」しかないと決まった時にどういうことになるのか、大した想像力を働かせなくても明らかであろう。戦前の「大本営発表」鵜呑みにして国民に垂れ流してきたその責任は誰も果たそうとしない。その時になって「あれはまちがっていました」では済まされない。それでは遅すぎるのではないか。今、マスコミは何を伝えるべきか、真剣に考える時ではないのか。「幻の東京五輪」。一度あったことは二度あるという想像力こそ必要ではないのか。

 




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