日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。

6月 4日(月)続けてスポーツ時評の連載、二つ

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2018/06/04 13:47  RssIcon

月刊誌とはいえかなりマイナーな『まなぶ』と『マスコミ市民』では世間に広がる可能性はうすい。しかしいずれもここ10数年、いやもっとそれ以上か、文字どおり心血を注いで書いてきたつもりだが、反響がほとんど聞けないのは寂しい限りです。6月号は「危険タックル『騒動』から見えるもの」(まなぶ)と「大相撲記者は『女人禁制』にどう対処するつもりか」(マスコミ市民)でしたが、締め切り間際まで粘って書いた割にはいざ活字になって読んでみると、やはり即時性に欠けてきます。

 雑誌の性格ですから若干即時性に欠けるとはいえ、後世の読み手になんらかの「史実」を残しておきたいという気持ちはいつも働いています。その時代を生きて来た者としてきちんと活字で残しておく作業はこれからも継続したいと思いますが、それ以上に世論形成になにがしか影響できることはないかとう問いかけも大事にしたいと思っています。かつてのフリー・ジャーナリスト川本信正さんのコラムやスポーツ時評は『スポーツの現代史』(大修館書店、1976年)採録されていますが、歴史的な記録文書としての資料価値は、つねに川本さんが「記録性(報道性)、娯楽性、批評性」こそスポーツ・ジャーナリズムの本質ととらえた指摘、なかでも批評性については戦前の大日本体育協会(今の日本スポーツ協会、今年改名)が発行していた『体育と競技』誌に1932(昭和7)年12月号に「スポーツとジャーナリズム」のタイトルできちんと論じられいます。今をさる90年近く前のことですから、いかに先見性に満ちた「原稿」であったかがわかります。私もこの川本さんの「小論」を読んで、かつて「スポーツジャーナリズムへの期待と役割」(『体育科教育』1989年6月号)この小論を引用しながら書いたのですが、あれからだけでも30年近い年月が経ちますが、スポーツ・マスコミの現状は今もほとんど変わってはいないと言っていいでしょう。歴史とはこういう「繰り返し」かとも思ってしまいます。それでも何度も何度も書き続けるしかない、言い続けるしかないと、心底、思いますね。

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