日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。

9月13日(日) 2020年東京オリンピック「返上」論

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2015/09/13 21:43  RssIcon

今朝の朝日新聞の「社説・東京五輪 今こそ意義を考えよう」でした。実は私はすでに「マスコミ市民」10月号で「相次ぐ不祥事に『開催返上』はないのか~2020年東京五輪」を書いたのですが、まだ発刊はされていないようです。これもかなり前に「譲れる最低の線はこれしかない」ということで「今こそ、並列併記の、愛と希望の「工程表」づくりを~原発被災地フクシマへの思いを込めて~」(『マスコミ市民』2013年12月号)と書いたのですが、あまり効果はなかったようです。

 しかしここへ来てこうももたついているようでは「返上論」が出てきてもいい頃ではないかと確かに思っていました。そこに朝日新聞の「社説」です。しかし内容は以下のように書いています。

(中略)

 そもそも、2016年大会の招致段階から、開催意義や理念を誰も打ち出せずにきた。

組織委が中心となって、今からでも「なぜ五輪なのか」をわかりやすく示さなければならない。それなしに、この先も広く国民の理解は得られまい。

「復興五輪」ならば、震災被災地と大会をつなぐ工夫が必要だろう。「成熟都市の五輪」をうたうのであれば、無駄を省きつつ、質的、精神的な豊かさを追求する新しい五輪の姿を描くという指針がありえる。

そうした議論の中心となるのが政治家や官僚では、発想の幅が限られる。日本オリンピック委員会や各競技団体など、あらゆるスポーツ界の人々に積極的に関わってほしい。

スポーツを通じて世界中の人々と交流してきたアスリートたちは、五輪やスポーツの持つ力の大きさを実体験としてもっている。彼らの言葉には、国民的議論を巻き起こせる潜在的な力があるはずだ。

大会の理念を語ることは、どんな未来の社会を築くのかという問いでもある。後世に豊かな記憶と遺産を残せるよう、今こそ本来の原点に立ちもどり、「TOKYO 2020」の理念を定めたい。

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冗談じゃない、今になって「後世に豊かな記憶と遺産を残せるよう、今こそ本来の原点に立ちもどり、「TOKYO 2020」の理念を定めたい。」と、アリバイ証明みたいなことを言い出すのは、後出しじゃんけんと同じだと思いませんか。この程度なら他紙ももっともっと「返上論」を書いてもいいはずです。

 しかし実際にはきっと書けないでしょう、広告を集めてくる「営業」あるいは「事業」部の方からは「オリンピック批判は一切なし」という、きついお達しが出ているとか、聞いていますから。

 

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