日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2018/01/29 11:16

今日の「オリンピック休戦」のよびかけ人の「記者会見」に急遽、同席になりそうです。明石康・長田渚左・加納弥生(元オリンピック体操女子日本代表)が通称外国人記者クラブで3時より記者会見します。

 たまりばユネスコ俱楽部会員だった岡田茂さんが肝臓癌で亡くなったという、寺島さんからのメール、家族葬でしめやかに執り行われたそうです。まことに残念至極の極みです。最後に会ったのは昨年のなんがつだったか、府中の」いつものたまりば「MUGI」でした。かなり弱っておられたのですが、ビールとワインで軽く乾杯しました。暖かくなったらまたお会いしましょうと、別れたきりです。たまりばユネスコ俱楽部の「会報」に連載していた「私とユネスコ」もみごと最終回を書いていただきました。根っからのユネスコ会員でした。元事務局長もやられた方ですが、そういうことはおくびにも出さず、気楽に会って頂きました。(合掌)

 有楽町の電気ビルまで行ってきました。

やはり行って良かったと思います。2004年の「日本からオリンピック休戦のよびかけ」以来14年に経ったのですが、相変わらず日本のマスコミのジャーナリズム精神は後退に後退し、風前の灯ですが辛うじて外国メディアだけが本来の姿でジャーナリズムを守っている感じです。記者会見は長田渚左さんだけでなく笹田(旧姓加納)弥生さんも原稿を練ってきて短い時間に要領よくまとめていました。とくに教え子でもある笹田弥生さんがかつての『幻のモスクワ・オリンピック」代表選手にアンケート調査をして未だ傷をいやす事が出来ずに引きずって人生を送っている調査結果を公表してくれたのは収穫でした。その内、いくつかのエピソードは私の連載中の「スポーツ時評」にも書くつもりです。

By Morikawa on 2018/01/29 10:29

本日、3時より有楽町にある通称外人記者クラブにて「オリンピック休戦」のよびかけ人による「記者会見」があり、そこに同席することになりそうです。よびかけ人からが明石康さん(元国連事務次長)、長田渚左さん(スポーツ評論家)、元モスクワオリンピック日本代表体操選手笹田(旧姓加納)弥生さんの3人です。そこに急遽、私が加わることになりそうです。

たまりばユネスコ俱楽部会員の岡田茂さんが肝臓癌で亡くなったという知らせが寺島先生からメールで連絡。岡田さんは学生時代からのユネスコ会員であり、また事務局長もやられた方ですが、いつもきさくに府中のたまりばであるMUGIで会っていました。昨年の11月だったかに最後に会い、暖かくなったらまたお会いしましょうと、別れました。残念至極です。「会報」の連載中の「私とユネスコ」は昨年末にみごと最終回を書いていただきました。 合掌。

By Morikawa on 2018/01/21 18:00

 今朝、「体操教室」仲間と施設に入居したというSさんを訪ねて隣町の仁尾町まで出かけました。裏山から少々お花とロウバイの枝をお土産代わりに、後は疲れた時にと、モロゾフのチョコレートを2袋。施設は通りに面していて非常にわかりやすい。新設のような建物で部屋も個室になっていました。部屋にはベッドと机、冷蔵庫、トイレに作り付けの整理ダンス(?)、洗面台もあってこぎれいにしてありました。Sさんは元気そうでなによりでした。

 一緒に行った仲間はご近所様で長いつきあいです。まだ入居して1か月足らずです。でも私はやはり一人になっても自分のいえがいいと思いましたね。非常に便利にできていますが、24時間、こんなところに居るということが耐え切れないのではないかと思うわけです。

 いよいよ老後の「一人暮らし」まで心配しなければならなくなったということでしょうか。いずれは誰にでも訪れることなんでしょうが、今日一日そんなことを考えていると、たとえ競馬で万馬券が当たっても(中京12レース、26500円)すきいりしませんね。明日は我が身だと思うと切なくなります。

By Morikawa on 2018/01/11 21:40

 思わぬカヌーのオリンピック候補選手による禁止薬物混入事件でマスコミは大騒ぎですが、私はおかげで22年前の、教え子でもある伊藤喜剛(よしたか)選手を思い出しました。1995年の世界陸上競技選手権に100Mと400Mリレーに出場、次のアトランタ・オリンピック大会の代表候補でした。冬季トレーニングで出かけたアメリカ・アルバカーキーで国際陸連による抜き打ち検査で陽性反応が出たために4年間の出場停止処分を受けたのです。彼は一貫して否認し、身の潔白のために睾丸の細胞を手術で摂取することまでやり、弁護団を結成して戦ったのですが、冷蔵庫に置いてあったオレンジ・ジュースに禁止薬物が何者かよって混入されたのだそうですが、犯人は挙がらず闇に被られ、結果的に規約改正で停止処分は2年間に短縮されたもののオリンピックには間に合いませんでした。当時のライバルに早稲田大学の選手も居たのですが、そのコーチというのが旧ソ連出身の軍医(?)でかなり噂が流れたのですが、そのコーチはそそくさと帰国してしまい、犯人探しもうやむやになったことが印象的です。さらに陸連専務理事は早稲田出身の桜井孝次で追及の手もあいまいだった感じで伊藤選手には気の毒としか言えず、実に後味の悪さだけが残りました。

 その後、彼は復活したもののけがに泣き、水戸に引っ込んでいたとばかり思っていましたが、思いがけず彼が東京で加圧式トレーニングjジムを開いて成功していることを知り、早速メールを入れた所、携帯に電話が入り、びっくりすると同時に懐かしさでいっぱいで十分に話はできませんでした。とにかく彼が元気に活躍していることは嬉しい限りです。「汚名」をくつがえすためにどれだけの努力をしてきたのか、彼の口からは聞けませんでした、2日前からテレビなどの取材が相次いでいるようです。為末選手が書いたブログに伊藤喜剛選手の名前が挙がっていたのだそうでそれであわてて今頃になって取材が集中しているのだそうです。数日前の新聞にもまた玉木氏のコメントにも伊藤選手のことはどこもふれていませんでしたし、「日本では初めて」という記事も見ました。それだけに是非、この際、伊藤君のことを表舞台にだしてやりたいと願っていたので、この新しい展開に喜んでいます。

 今回のことで22年前の伊藤喜剛選手のことがスポーツ記者たちにも知るところとなったのですが、どこまで真相に迫られるかは保証の限りではありません。ましてや今回の禁止薬物混入した選手と一緒にされたのではたまりませんし、同情も要りませんが、スポーツを歪める者(者)がある以上、それとの戦いもまたスポーツの尊厳・選手の尊厳を守ることへつながって欲しいと願うばかりです。

 22年前はまだ私も現役でしたので日本スポーツ学会でも彼をよんでシンポジウムを開いたりしたことを思い出しました。参加者も教室いっぱいで埋め尽くし、大いに盛り上がったのですが、結果は彼の「陽性反応」は覆すことはできませんでした。悔いが残ります。

By Morikawa on 2018/01/06 18:27

久しぶりに高松にある県立ミュージアムに第64回日本伝統工芸展を観に行きました。途中、みずほ銀行で記帳し、そのまま会場へ。私がとくに観るのは染織と木竹工の部ですが、今回は木工で欅造鉢(作者は高月国光という方)に魅かれました。写真よりも実物を上から覗いてみる方が材質のよさなどが感じられるかと思います。 その内ここに写真をアップしましょう。

 毎日のように琴弾廻廊に行きますが、ようやく正月休みの混雑から免れてのんびりと入湯できるようになりました。一時は朝から芋の子を洗うように混雑した海水浴場のような感じでした。

 北朝鮮の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック参加声明を歓迎すると同時に米韓軍事合同演習のオリンピック・パラリンピック期間中延期という「ニュース」も歓迎です。これで「オリンピック休戦」が実現したことになるのですが、問題はその後です。真に世界平和にオリンピックが役立つとすればこれをきっかけに南北朝鮮の会話が実現し、東アジアの軍事的緊張が溶け、やがて6か国会議が開かれて「和平」への「対話」が広がることができればと、切に願います。日本の安倍政権はまったくまともな「コメント」ができないようです。北の脅威だけを煽って選挙を勝ち、今日の「1強」体制を敷いているのですから当たり前と言えば当たり前なんですが、マスコミまでまともに論じないで斜に構えたコメントをしているという無様さです。

  いい加減にして欲しいと思いませんか?

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