日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2017/01/26 23:01

 せっかく時間ができたので久しぶりに岩波ホールで映画を観ました。でも正直よくっわからかったですね。画面が次々に変っていくのに追いつかないのです。田舎暮らしで感性が鈍ったのではないかと少し不安な気分になりました。

 江本さんからの「宿題」は、日本の地域スポーツ政策をもっと出すようにということです。当面、「四国モデル」を出して全国に発信してみるということでした。たとえば総合型地域スポーツクラブの中のスポーツ少年団でサッカーをやっているとすると、全国大会に出るにはスポーツ少年団の登録料以外にサッカー連盟の加入費(?)も出すことになる。それは総合型地域スポーツクラブのママさんバレーボールでも同じではないか?バレーボール協会への「登録」とSC全国ネットへの登録(?)もすると結構お金がいります。体協、競技団体、スポーツ少年団、家庭婦人バレーボール連盟などと登録料、大会参加資格などとの関係もどうするか、などなど、先ずは実態から調べることから。

 総合型地域スポーツクラブの将来は、財政拡大のためにビジネス化するか、それでは小さい規模の総合型地域スポーツクラブはいったいどうなるのか?などなど。やることは多い。」

By Morikawa on 2017/01/24 19:22

22日の夜、一ノ谷のけっこい軍団有志主催(第1回花は咲くコンサート実行委員会)によって南相馬から江本さん姉妹を迎えてピアノとフルートのすてきなコンサートがありました。お隣の蓮光院住職さんの車で行き帰りも乗せてもらっての贅沢な夜でした。曲目も良かったのですが、とくにショパンの幻想即興曲など。

 昨日は朝5時半に暖かいピザパンとコーヒーで腹ごしらえし、すぐに高松空港(高松道)約45分で着き、粉雪が舞い散る中、無事に羽田へ、四ツ谷には10時前に悠々と到着、弟の事務所にバッグを預けて四ツ谷保健センター会議室、すでに山本先生や山木さんなども顔を見せていました。

 報告にちょうど1時間、後は自由討論、まあ、無事に終えてよかったと一人慰めています。W大のT君が居なかったのが残念と言えば残念ですが。

、お昼をみんなで食してその後から日野社会教育センターのS君と弟で打ち合わせ、早めの夕食を兼ねて近くの居酒屋風の店で焼酎(黒霧島)のお湯割り、今日は3杯まで飲んじゃいました。

 今朝は車のバッテリーがあがっているのでJAFを呼んでとりあえずコバックに充電を頼み、千歳烏山のたちばなで頭の方をさっぱりさせてから野暮用を2つほど片付けて早々と家にといてお一人ですが、ゆっくりとPCを打っているところです。『超速 パソコン仕事術』などを衝動買いしたものだから早速実行していますが、すべてうまくいくとは限りませんね。

By Morikawa on 2017/01/21 20:20

 佐伯君の紹介のうどん屋(三好)のうどんがとても腰が強いのでいっぺん「うどんすき」を試してみようと、本日、瀬戸内風(!?)うどんすきをやってみました。うどんすき用の浅い鍋でないので折角の具が見えないのでやはり気分が出ないですね。ネット検索するとまさにピンからキリまで、こんどゆっくりと調べてみましょう。

 エビ、あさり、穴子など、具材が揃わないのが玉にきず、野菜たっぷりのうどんすきで体も暖まります。

 九十九「いきいき健康体操教室」は今日で19回、8月の「夏休み」期間を除いて月2回、最後にゲームをやりますが、「風船ゲーム」が好評で笑い声がたえません。強く打っても相手は風船ですからバレーボールやバドミントンのようにスマッシュが決まるとは限りません。それにバドミントンコートくらいの広さで二人ペアでやりますが、風船がどこに飛んで行くのか、落ち方もゆっくりですので最後まで風船を追うことができます。室本公民館は畳ですが、白のビニールテープを貼ってコートづくり、天井もほどほどに高く、結構楽しめます。

 明後日のスポーツ政策研究会用レジュメと資料は昨晩仕上げてメールで送ってしまいましたので後は飛行機が無事飛んでくれればOkです。最後に「骨太改革」のインチキ性を暴きながら文科省スポーツ庁およびスポーツ審議会のおよび腰ぶりを徹底して批判しようと思います。

By Morikawa on 2017/01/19 20:06

 午前中西香川病院の通所リハビリに(言語指導も本格的に始動)、お昼ちょうどにまんのう町へ、S子さんの紹介で昨年末に出会い、1か月生木をもらっていたのですが、昨日でおしまい、乾燥したクヌギの木は燃えすぎなのです。生木だととろりとろりという感じですか、夜寝る前に2,3本くべておくと朝方まで燃えているので助かります。200キロ、約1万円ですからキロ当たり50円見当でしょうか、薪おじさんに比べると3割以上安く代えている勘定ですね、安く感じるはずです。

By Morikawa on 2017/01/15 23:04

 締め切りが迫って書く原稿程辛いものはありません。昨日と今日で『マスコミ市民』『まなぶ』の原稿送付、すっきりした気分になったので懸案の本箱づくりを夜にやりました。おかげで机の前はすっきりと整理できそう。明日は病院をはしごですが、午後には解放されるので四国体育・スポーツ学会の発表を兼ねて「第2期スポーツ基本計画(中間報告案)」を斬ることにしようと思う。いずれは「スポーツ政策研究会」でもやらないといけないので早くに手をつけておいた方がいい。

 友添君には悪いが審議に関わっている研究者たちの腰の引け方を思い切り斬るつもりです。1972(昭和47)年の保体審答申を知っている者には耐えがたいあり様です。まったく事務当局の都合のいい様に使われています。今さらパブリックコメントでもないでしょう。研究者としてのプライドも無いのか、一度直に聞いてみるつもりです。大阪・池田高校の卒業生のよしみでもと思ったのですが、そうは甘くは無いよ、というところをきちんと伝えておきたいと思いますね。

By Morikawa on 2017/01/12 14:44

 昨日から寒さが強まっている感じです。海風も九十九山から吹き降ろすようで夜になると一段と風の音がやかましむなります。部屋は薪ストーブを焚いているのでまったく寒さを感じませんが、外に出ると途端に足の筋肉が収縮すので脳梗塞の後遺症かなと一瞬思い出してしまいます。それだけ体が弱っている証拠でしょうか。

 老人会の「講演」レジュメを出しに高室公民館に行ったのですが、一ノ谷とまったく雰囲気がちがう、なんとなく敷居が高い感じでしょうか。

By Morikawa on 2017/01/09 23:16

 すっかり今日は「成人の日」だということを忘れていました。私たちの頃は「成人の日」は1月15日と決まっていました。それがハッピーマンデーとやらで2000年から第2月曜日と決まったんだそうな。おまけに近くに成人に近い若い人が居ない、見当たらない。いきおい関心もなくなっていますね。

 というわけで祝日だとかは気にならず豊浜スポッシュ(総合型地域スポーツクラブを名乗っているだけでコナミスポーツの指定管理だと思う?)の「プール」へ行きました。お正月のお餅のせいか体重は68.5Kgを超えていそうです。それで久しぶりに25メートルを20往復、25×2×20=1000メートルを約35分、歩きと平泳ぎ・横泳ぎでこなしました(一昨日は横泳ぎをやっていると「懐かしい泳ぎね」と、女の人から声をかけられました。プールで声をかけられるのは初めて)。

 タイムの35分がどの程度なのか自分ではわかりませんが、100メートル3.5分という勘定ですからペースとしてはかなりゆっくりなのでしょうか。ですので歩くか泳ぐか、35分間は1回も休憩をとりません。気分としてはゆっくりめのインターバルトレーニングをしている感じです。隣のコースでゆっくり目で泳いでいる人が居るとそれに合わせてつい競うようなことになるのもしがない性(さが)ですね。昨日の今日ですからリハビリとはいえ足腰にきますね。

 辻口信良さんから『”平和学”としてのスポーツ法入門』(民事法研究会、2017年1月刊)を送ってもらったのですが、それは日本スポーツ法学会のHPにあるブログ(?)に「書評」を書くようにうまいぐあいに望月会長の「しかけ」だったようで妙な具合です。とりあえず「書評(にならない「紹介)」という形で本日、送信しておきました。以下はそのコピーです。

-------------------------------

書評(にならない紹介)『”平和学”としてのスポーツ法入門』(辻口信良、民事法研究会、2017年)

森川 貞夫(市民スポーツ&文化研究所)

まったく意表をつかれた本書の出版に驚いています。それは”平和学”としての、というあまり見慣れないタイトルもそうだし、また「ぼくは」あるいは「ぼくたちは」という主語に始まる叙述の方法にも言えます。

本書は受講している学生さんたち一人ひとりにやさしく語りかけるという辻口先生のサービス精神にあふれていますが、書いてある内容の一つひとつは決してやさしいものではありません。しかしそれを巧みに語りかける手法に先ず私は脱帽しました。こういう風に書けば、あるいは同じ話でも自分が実際に出会った話や例をあげてこういう風に説明すればみんなはわかってくれるというか、共感・共鳴してくれるのだという確信を最後に私は持ちました。しかし私は70歳の年に定年退職してすでに7年も経っており、遅かりし由良の助(あまりにも古い話で今どきの人には意味不明でしょうが)というところでしょうか、誠に残念至極です。

 

さて本書の内容は、著者自身が書いているように、「ひと言でいうと、平和な国際社会を創造するために、スポーツが役立ち、スポーツ法が関与できる」という辻口先生の主張をできるだけ「高校生にも十分理解できる」ように書かれた「スポーツと平和」の本だということができます。それを本書の「第4章 スポーツの平和創造機能」で国連憲章や世界人権宣言、国際人権規約などから引用しながら説明しているのですが、好みから言えば(学問的ではないですが)私にはむしろ「第2章スポーツと法」の「Ⅱ 憲法とスポーツ」の中で「武器を放棄する=受動的平和的井生存権」だけでなく、「武器をスポーツに持ち替える=能動的平和的生存権」の説明の方が好きです。

「スポーツの戦争抑止機能(スポーツの平和創造機能)」をわかりやすく説明するために「繰り返しますが、スポーツでの勝利は、確かに権力欲・闘争本能の十分な満足ではありません。しかし、ルールを介在させ、ある程度の満足で終わらせるノーサイドの結論に導く、それが人類の叡智、文化としてのスポーツなのです。そこにスポーツの良さ、スポーツの持つ『平和創造機能』があるとぼくは思います」(40頁)という辻口先生のスポーツへのまさしく楽天的というか手放しの賛歌が謳われています。多くのスポーツ人、スポーツ愛好者からも共感の声が聞こえてきそうです。

そして「ここからが本書の要諦です」(274頁)とわざわざことわって「国際社会とスポーツ権」の中で「日本政府のこれまでの行動」に対しても「先駆的平和憲法を活かし、堂々と発言する」ことを求め、「あるべき国際社会を目指すため、特に核兵器の問題などでは、唯一の被爆国としてももっともっとイニシアティブが取れる、少なくともアメリカに諫言すべきことがあるはずです」ときびしい(表現はやさしく)批判をされています。

その上で「わたしたちは何をなすべきか、何ができるか」を問われているのですが、辻口先生は二つの「提案」をしています。1つは「東京渋谷にある国連大学の活用」ともう1つは「国連の中にも、スポーツに関する部局(国連スポーツ省)を創設するためにロビイ活動をする」ことです。そして「スポーツの平和創造機能」を具体的に実現するために、「1兆円の話」(223頁)に出て来る「すばらしい企画」を語るのです。

それはたとえば「最も仲の悪い、あるいは紛争中の国同士の子ども達を、あえて国連の仲介で相互にスポーツ派遣するなど」(先の「1兆円の話」の中では2泊3日の子ども達の国際的なスポーツ体験やキャンプの話が語られています)です。それを辻口先生は「武装による国防予算5兆円の500分の1(100億円)を、スポーツによる平和のため、子ども達に使わせてほしいのです」と、「貧乏性のぼくとしては、戦闘機(1機100億円)の尾翼部分くらいの毎年10憶円でもいいからなあと思っていますが、それでも毎年1万人は交流できます」(226頁)と、実にさりげなく今の国の軍拡路線を批判しながら語る手法はかなりしたたかに計算されている感じがします。でも私はそういう辻口先生のしなやかでしたたかな発想や生き方が好きです。

ほんとうは他の(とくにスポーツ基本法逐条解説や「地域スポーツと法」の)叙述などに注文をつけたかったのですが、すっかり辻口先生の手の内に乗せられたようで「戦意喪失」してしまいました。またの機会にしたいと思います。

本書が著者も希望されているように2020年の東京オリンピック・パリンピック大会開催に向かって「オールジャパン体制=国民総動員体制」に突き進んでいるかのように思える現在、「2020年までに、是非、高校生も含む若者、平和を愛する全ての人に、読んでもらいたい」と思います。そして「戦争が最大の人権侵害」であることを「誰もが認め、また、平和を愛さない人はいないので、そうすると全世界の全員に読んでもらうことになり、この本はノーベル平和賞の対象になるのですが(笑)」という辻口先生の、あえてロマンというのでしょうか、「夢」を共有したいと願っています。

-------------------------------------

いつか自分も「平和の文化としてスポーツ」論を書きたかったのでなんだか先を越されてしまった感じです。しかし悔しいという感じではないのが不思議です。

By Morikawa on 2017/01/07 9:24

 安倍総理の年頭所感を記事で見て東京五輪をそこまで利用するとはまったく噴飯ものです。以下に澤藤統一郎弁護士のブログを引用します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

本日(1月6日)の東京新聞トップの大見出しが、「『共謀罪』通常国会提出へ」。これに「野党・日弁連は反対」とサブタイトルが付けられている。以下に、記事本文の一部を抜粋する。
「安倍晋三首相は五日、犯罪計画を話し合うだけで処罰対象とする「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を二十日召集の通常国会に提出する方針を固めた。共謀罪に関しては、国民の思想や内心の自由を侵す恐れがあるとの批判が根強い。捜査機関の職権乱用などによって人権が侵害されるとして、日弁連や共産党は反対している。民進党内でも反対論が強く、提出されれば国会で激しい議論になる。」

そして、社会面に関連記事が掲載されている。「共謀罪法案提出方針に批判」「市民活動萎縮させる」「警察が恣意的運用も」「テロ対策『歯止めが必要』」との見出しで、東京新聞の「共謀罪批判本気度」がよく分かる。

「日刊ゲンダイ」の本気度も相当なもの。多少品位には欠けるが、分かり易い。

見出しが「安倍政権 『共謀罪』大義に東京五輪を“政治利用”の姑息」というもので、記事本文は以下のとおり。

「何でもかんでも『五輪成功のため』は通らない。安倍政権は今月20日召集の通常国会で、「共謀罪」の新設を柱とする組織犯罪処罰法改正案を提出する方針だ。3年後の東京五輪開催に合わせ、『テロ対策』の性格を前面に打ち出そうと必死で、悪名高い名称を『テロ等準備罪』に変えたが、しょせんは姑息な手段だ。悪評ふんぷんの共謀罪の成立にまで、五輪の政治利用は絶対に許されない。」
「共謀罪は、実際に犯罪を犯していなくても相談しただけで罰せられてしまう。極論すれば、サラリーマンが居酒屋談議で『うるさい上司を殺してやろう』と話しただけで、しょっぴかれる可能性がある。権力側が市民の監視や思想の取り締まりに都合よく運用する恐れもあり、03、04、05年に関連法案が国会に提出されたものの、3度とも廃案に追い込まれた。」「五輪の成功を名目に、こんなウルトラ危険な法案を懲りずに通そうというのだから、安倍政権はイカれている。」

そして、ゲンダイの記事は、こう結んでいる。「『五輪成功』にかこつけて、希代の悪法成立を許してしまうのか。メディアの真価が今こそ問われている。」

「メディアの真価」どこ吹く風? の典型が例によって産経である。
「『共謀罪』法案名変更で通常国会提出へ テロ対策を主眼に」という見出しでこう述べている。
「政府は5日、テロ対策として『共謀罪』の構成要件を一部変更する組織犯罪処罰法正案を、20日召集の通常国会に提出する方針を固めた。法案名も2020年東京五輪・パラリンピックを見据え、テロ対策が主眼であることが明白となるよう変更する見通しだ。」
「国連は2000年に『国際組織犯罪防止条約』を採択し、すでに180カ国以上が締結しているが、日本は批准条件となっている共謀罪が存在しないため締結に至っていない。このまま法整備が進まなければ、国際社会から「テロ対策に消極的」との批判を浴びかねない状況だ。」

共謀罪法案は、下記のとおり、3度国会に提出となり、3度とも廃案になった。
2002年 法制審議会で検討
2003年 3月 第156回通常国会に法案提出(廃案)
2004年 2月 第159回通常国会に法案再提出(継続)
2005年 8月 衆議院解散に伴い廃案
2005年10月 第163回特別国会に法案提出(継続)
2009年 7月 衆議院解散により廃案

これまでの刑事法の常識に照らして異常な立法と、野党や世論の反発を招いたからである。「現代の治安維持法」とまで言われて廃案の運命をたどった。政府の説明は、<国際組織犯罪防止条約>批准のために必要というものだが、法案の内容は明らかに過剰に処罰範囲を広げるもので、説明との整合性を欠いている。

今度は論拠にオリンピックが持ち出された。オリンピックも迷惑だろう。本当に、テロの危険が差し迫っている東京五輪なら、やめてしまうに越したことはない。

さて、「共謀罪」とは何か。日弁連のリーフレットの解説が分かり易い。

「『共謀罪』とは、2人以上の者が、犯罪を行うことを話し合って合意することを処罰対象とする犯罪のことです。具体的な『行為』がないのに話し合っただけで処罰するのが共謀罪の特徴です。しかし、単なる『合意』というのは、『心の中で思ったこと』と紙一重の段階です。

近代刑法は、犯罪意思(心の中で思ったこと)だけでは処罰せず、それが具体的な結果・被害として現れて初めて処罰対象になるとしています。『既遂』処罰が原則で、『未遂』処罰は例外、それ以前の『予備』の処罰は極めて例外、しかも、いずれも『行為』があって初めて犯罪が成立するというのが刑法の大原則です。

共謀罪は、この『予備』よりもはるか以前の『合意』だけで、『行為』がなくても処罰するというものです。このように処罰時期を早めることは、犯罪とされる行為(構成要件)の明確性を失わせ、単に疑わしいとか悪い考えを抱いているというだけで人が処罰されるような事態を招きかねません。」

だから、「現代の治安維持法法」と悪評が高いのだ。治安維持法は、「結社の目的遂行の為にする行為」を犯罪とした。「結社の目的」とは、「國體の変革」(天皇制打倒)と、「私有財産制の否定」(社会主義思想の実現)の二つを言うが、「その目的遂行の為にする行為」とは、漠然としてどうにでも解釈できる。だから、共産党員の慰安維持法違反事件を弁護した弁護士の行為も、心の中の意図を忖度して、治安維持法違反として逮捕され、起訴され、有罪となった。「共謀罪法案」成立によって、新たにつくり出される犯罪は600余とされている。恐るべき監視社会が生み出されることになる。

もしやあなたの心の片隅に、こんな考えがありはしないか。
「世の中には善人と悪人の2種類の人がいる。法による処罰を恐れるのは悪人だけで、私は善人のグループにいるのだから、法も処罰も恐れることはない。むしろ処罰の範囲を拡大してくれれば、社会は平穏で住みやすい社会になる」

この考え方は大きく間違っている。この間違いを「なんと愚かな」と見過ごしてはならない。民主主義社会においては、堕落した危険な考え方として徹底して批判されなければならない。このような考え方こそ、権力者を喜ばせ、権力者をより傲慢にさせるものにほかならない。その結果、権力の監視の目が隅々にまで行き届く社会を作り出し、自分を善人と思っている人々をも含めて、「生きにくい窮屈な世の中となった」と慨嘆させることになり、挙げ句の果てには全体主義の完成を招くことになる。
治安維持法のはたした役割を思い、ニーメラーの慨嘆を思い起こそう。

「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」

(2017年1月6日)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上のとおりです。これ以上解説の必要はないようですが、いかがですか?

正月明け早々に「お天気」とは裏腹にまた嫌なムードですね。

By Morikawa on 2017/01/06 21:18

http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/img_ohayou/20161019_01.jpg

 今日も西香川病院でリハビリだったのですが、割に早く終わったので前々から見たいと思っていた「この世界の片隅に」、イオンタウン宇多津で観ました。叫ぶのではなく、どこか「平和」を静かに訴えている、というところがいいのかもしれません。バックに流れている音楽もいい!信じられないのですが戦争中に広島でジャズが流れていたのです。濃密な水彩のスケッチがこれまたいいですね。

 

By Morikawa on 2017/01/01 11:06

 「一年の計は元旦にあり」と言いますが、あまり気張らず「のんびり、ゆっくり、にっこり」と行こうと思います。これも昨年の脳梗塞と言う、まさに思いもよらぬ「不測の状況」に対する自己防衛ではないかと思いますが、「要介護1」という認定を受けた以上はそれなりに自分でもしたたかに、しなやかに(?)生きて行こうという意志表示でもあります。

 ところで日本のスポーツ界は2020東京オリパラに向かって行け行けドンドンですが、一方、市民スポーツ・生涯スポーツ・地域スポーツの方はどんどん客観的条件(かね・ひま・ばしょ)が悪化し、スポーツをできる層としたくてもできない層との「二極分解」が進行し広がています。とくに2017年スポーツ庁概算要求を見てみるとそれははっきりしています。以下は『まなぶ』1月号に書いたもののコピーです。ご笑覧

-------------------------------------

 まなぶ新連載・スポーツ時評第8回2017年1月号

2017年のスポーツ界展望~視界明瞭されど市民スポーツは伸びず

          市民スポーツ&文化研究所 森川 貞夫                 

 新しい年の幕開けと同時に2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会開催まで後3年の猛ダッシュが始まる。昨年までのオリンピック会場「見直し問題」も依然として火種は残ってはいるが、落ち着くところに落ち着き、これからは水面下の利権争いと「復興五輪」のお題目をどの程度見える形で誤魔化すかにかかっている。

 文科省・スポーツ庁はすでに「平成29(2017)年度概算要求」を提示しているが、目立つのはどれもこれも2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会向けのものばかりであり、前年度予算額(323億6千万円)の約78億7500万円増の402億3500万円の要求額であるが、その内、競技力向上事業が8億円増の95億円、ナショナルトレーニングセンターの拡充整備に36億6000万円、ハイパフォーマンスセンターの基盤整備に17億6800万円などなど、とくにナショナルトレーニングセンター拡充整備は向こう3年間で約220億円(概算見込額)かけてトップアスリートの活動拠点の整備拡充を図るというものです。

 それに加えて今年度概算要求で目を引くのは「スポーツ施策の総合的な推進~スポーツの成長産業化~」として新規事業に(1)スポーツ産業の成長促進事業に40億円、(2)大学横断的かつ競技横断的統括組織(日本版NCAA)創設事業に同じく40億円を世窮していることです。いずれも民間団体、大学等への委託事業ということです。

 一方、市民スポーツ向けの事業はというと、「スポーツ参画人口の拡大、地域社会の活性化、障害者スポーツの推進」のタイトルはいいが、その中身は(1)スポーツ人口拡大に向けた官民連携プロジェクトに約1億6000万円、(2)スポーツツーリズム・ムーブメント創出事業に1億円、(3)運動・スポーツ習慣化促進事業に1億、(5)Specialプロジェクト2020に2億2000万円と、いずれも新規事業として概算要求しています。注意深く読むと、いずれも一過性の線香花火的イベント事業に終わらせるか、その場しのぎの、付け焼刃的イベント事業に終わるものばかりです。

 市民スポーツにとって肝心のスポーツをする場所確保は、(4)スポーツ施設環境整備事業費補助金として24億円(昨年度18億円)が計上されているだけです。平成の大合併により数は減ったとはいえおよそ1700の市町村にこの金額をどう分配するというのでしょうか。しかもこれは三分の一補助という制約がついたもので、国土交通省所管の都市公園法に基づく運動公園などのスポーツ施設は二分の一補助です。いかに人を食った話かおわかりしょう。実は当の文科省・スポーツ庁も「公共スポーツ施設減少の背景」として「地方公共団体の厳しい財政状況」を指摘しており、ピーク時に公共スポーツ施設は65,528箇所(1996年)あったものが、2008(平成20)年には53,732箇所に減少、12年間で11,796箇所、毎年1000箇所ずつ消えていく勘定になります。

 したがって、さすがのスポーツ庁も次の「スポーツ基本計画」(今年3月答申案審議・決定の予定)では公共スポーツ施設の整備拡充を正面から要求するわけにいかず、「現在ある施設を長寿命化し、最大限活用するとともに、スポーツ施設以外の場の確保を進める必要がある」と、スポーツ庁スポーツ審議会(スポーツ基本計画部会第5回配布資料)はまとめざるを得ませんでした。かくして郊外にある大型量販店などの広場や空きスペースでのスポーツイベントやスポーツ教室の開催などが「先進事例」として紹介されるということになります。これで2020年東京オリンピック・パラリンピック大会のレガシー(遺産)に「一億総スポーツ社会の実現」を掲げようというのですから、なんとも度し難いスポーツ庁役人や審議会メンバーたちです。

 こと「メダル獲得」「国威発揚」に関わる「競技力向上事業」は、ますます視界明瞭なれど、わたしたち市民のためのスポーツは、先行不透明どころか、「自立・自助」の名の下に「好きな者が自分たちの力でやる」スポーツへと追いやられてしまいます。したがって、スポーツのできる若者は限られており、「見るスポーツ」へと傾斜していくことになります。それでいて一方で「国民医療費抑制」のための「スポーツを通じた健康増進」や「少子高齢化」「人口減少社会」のための「地域活性化」に貢献する地域コミュニティ・スポーツの奨励です。まさに「スマイリング・ファッシズム」そのものですね。

TOP