日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2016/04/29 15:38

 今日の忍野は昨日と打って変わってのいい天気、前のグラヌンドから見た「晩春の富士」です。

By Morikawa on 2016/04/26 11:51

 紫雲出山の喫茶室にて(4月25日)

By Morikawa on 2016/04/22 14:40
教え子でもあるS君から素敵な「入学式式辞」を紹介してもらいました。それは京都大学の今年の入学式での


 第26代総長 山極 壽一氏の「 式辞 (2016年4月7日)
」です。リンクを貼っておきますが、大学人としての見識はもとよりですが、ゴリラ研究の第一人者でもある山極総長の、実に味わい深い「言葉」をほんの少しですが、引用しておきます。全文はリンクにアクセスしてご覧ください。

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 自由というのは簡単に得られるわけではありません。そもそもルソーは、自然状態の人間に社会を前提としていませんでした。自分の欲望だけに忠実な存 在から、契約を通していかに社会が立ち上がってきたかを考えたのです。それを理想としたフランス革命は、多くの同志を断頭台へ送る結果となり、その後フラ ンスは過酷な戦争に明け暮れました。個人の自由とは自分だけで定義できず、他者から与えられるものであるからこそ、人間の作る社会には多くの矛盾と葛藤が 生まれるのです。その他者とは誰なのか。個人の自由が及ぶ範囲はどこなのか。その答えをめぐって、世界は苦悩し、各地で戦争が繰り広げられました。第二次 世界大戦でドイツの占領下にあったフランスでレジスタンス運動に奔走したポール・エリュアールは、「自由」という21節からなる詩を発表しました。その最 初の節は、

Sur mes cahiers d'écolier
Sur mon pupitre et les arbres
Sur le sable sur la neige
J'écris ton nom

わたしの学習帳のうえに
わたしの机のうえ、そして樹木のうえに
砂のうえ、雪のうえに
わたしは書く、あなたの名を

最後の節は
Et par le pouvoir d'un mot
Je recommence ma vie
Je suis né pour te connaître
Pour te nommer

Liberté

そして、ひとつの言葉のちからによって
わたしは、わたしの生をふたたびはじめるのだ
わたしは生まれたのだ、あなたを知るために
あなたの名を呼ぶために

自由(Liberté)

 このLiberté自由という言葉は、フランス人にとって特別な、そしてこの上なく美しい響きをもっているようです。この詩は、人間にとって決してあき らめてはいけない希望が自由であること、そしてそれは言葉によって生まれ、保障されるということを語っているように聞こえます。たしかに、それは真実だと 思います。しかし、社会は言葉によってできたわけではありません。動物にも社会があり、複数の個体が秩序を持って共存していることを発見し、主張したの は、第二次世界大戦直後に京都大学で生まれた霊長類学でした。創始者の今西錦司は、人間の社会と動物の社会は進化の中で連続していることを説き、動物の社 会を成り立たせている原理から人間の社会が創られた進化の過程を描き出す重要性を強調しました。弟子の伊谷純一郎は、ルソーの「人間不平等起源論」に疑義 を唱え、サルの段階ですでに先験的な不平等による社会が成立しており、人間の社会はその不平等の上に条件をつけて平等を実現させようとしたという仮説を立 てました。わたしはそこに、自由は勝ち取るものではなく、他者との共存を希求するなかで、相互の了解によって作られるもの、という発想を読み取れると考え ます。自由にとって、平等と博愛は不可欠な条件ではありません。しかし、人間の社会には、これらの3つの精神が必要なのです。そして、言葉はこれらの精神 を謳いあげるとともに、人々を傷つけ、自由を束縛し、不平等を正当化する武器ともなります。現代の社会で起こっている抑圧や虐待は、この言葉に発する暴力 によっているといっても過言でありません。

(以下、略)

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 この後にも、「WINDOW構想」という素晴らしい「大学方針」も示されていますが、ご関心の向きはご自分でご自分でお読みください。

 私が羨ましいと思ったのはこのような「式辞」を総長という、大学全体の教育・研究・経営に責任を持つ立場の者が学生・教職員・保護者たちの前で述べることができる京都大学の学風(まさに「自由」な)です。大学はいつまでもこうありたいものです。

 ちなみに私が1980年3月末から翌81年3月まで滞在していたフィレンツェの住まいのすぐ傍にPiazza Liberta'がありました。「自由広場」でもいいのですが、ここイタリアでは「自由」という言葉に「解放」というニュアンスが加わります。第二次世界大戦の日独伊の中でドイツ軍に対してレジスタンス(抵抗)運動の末に最後は「自力解放」したという自負があります。そういえば「解放記念日」はこの4月25日でしたね。

 この日あちこちで歌われるのが、Bella Ciao(日本では「さらば恋人よ」)ですが、オリジナルに近いのにリンクを貼っておきます。ついでにミルヴァのも。

 そして何と言っても1989年8月にやろう会メンバーでイタリアに行った時にフィレンツェのある食堂でレジスタンスにも参加したという、シルバーノの知り合いの女性が私たちと一緒に涙しながら歌ってくれたベラ・チヤオが忘れられません。富山から参加した久保田君はすっかりその女性に腕を組まれていましたっけ。

By Morikawa on 2016/04/20 10:18

 16日朝に四国から送った緊急の「食品類」は昨日、無事届いたとのこと、遅れるとは聞いていたのですが丸4日がかりとはねぇ。アベなる人物が「大言壮語」して「緊急支援体制」を「指示した」などといっている割には現地では救援物資が山のようにたまり、それが被災者に届かないのは指示系統が不明のためたまる一方なのだという。神戸の時は学校開放委員会の委員長さんが自己責任でグランドに積まれたものをどんどん住民に配布したと聞きました。そうでなければ処理に困るし、生ものは廃棄にも困ってしまうので、と語っておられたのを思い出しました。

 こういう時は現場の判断でどんどん困っている被災者に直接配布するのが一番だと思いませんか。お役所主義がこういう時にまで機能するという国は珍しいでしょうね。新聞にも「無粋だけれでもこういう時はお金が一番いい」と書いてありました。

 後は現地での人手でしょう。時間の余裕のある人はどんどん「現場」に入って欲しいものです。ただし、水・食料持参です!でないと現地の住民が対応に苦慮しますし、迷惑がかかります。

 かつての私の教え子はゼミも振り切って神戸大震災のボランティア活動に駆けつけましたが、参加する中で彼女を見つけ、今は北海道で仲よく暮らしています。あれから20数年経ちましたが、「3.11」の教訓といい、未だ活かされていないという感じがします。

 それにしても縦揺れではなく「横ずれ」というのでしょうか、2Mも田んぼの畔がずれているのを見ました。日本の原発は地震対策では縦揺れに集中しており、「横ずれ」には機能しないとのこと、おそらくその時は「想定外」という言葉で逃げるのでしょうね。こうい人災に近い「大災害」の責任は誰がとるのでしょうか。

 原子力規制員会の鈴木委員長(?)だったか、「川内原発は大丈夫です」と今なおぬけぬけとノタマワっているのは許せないと思いませんか?

 こういうことを書くと「ネトウヨク」が寄ってたかって攻撃するそうです。あえて受けて立ちます。

 

By Morikawa on 2016/04/19 8:53

 16日朝一番にクロネコヤマトに熊本市内への宅急便を持って行ったら、「今、受付できない」という指示が来たところなので駄目だと言われ、あわてて郵便局に持って行ったら「いつ届くか、遅れますが・・・・」という返事、それでも送るしかないでしょう。

 遠縁になりますが、大昔(!)に母方の実家で戦後、旧満州・大連から引き揚げてきた頃から世話になった人の関係もあり、こういう時でなければ恩返しもできないと、当座の必要な食品などを送ったのです。でもすでに4日目になっても届いたという連絡が無いので心配です。熊本市内ですが、小学校に避難するということでしたからすでに救援の手は届いているのではないかと勝手な想像をしていますが、やはり交通事情等、心配ですね。

 それにしてもこういう時期をねらって米軍の「支援」に名を借りたオスプレイ配備はほんとうに腹が立ちます。人の弱みにつけこんだとんでもない「日米同盟」売り込みの「罠」でしょう。アベなる人物も姑息です。許せない!

 とここまで書いて牧太郎さんの「コラム」を読んだら以下のことが書いてありました。参考までに。

火事場泥棒のような「地震→緊急事態法」の官房長官発言

もっと不気味なのは官房長官の「緊急事態法」発言の方ではないでしょうか?

 
15日の記者会見。「ニコニコ動画」の記者が「早急な緊急事態条項の検討の必要性について、どうお考えになりますか?」と質問すると、菅さんは用意した文面をサラリと読み上げました。
 
「憲法改正については、国民の理解と議論が深まることが極めて重要であるというふうに思っております。そういう中で、今回のような大規模災害 が発生したような緊急時において、国民の安全を守るために国家国民自らがどのような役割を果たすべきかを、憲法にどのように位置付けていくかということに ついては、極めて重く、大切な課題であるというふうに思っています。具体的には、国民的な議論と議会の深まりの中で、おのずと決まっていくんだろうと思い ます」
 
緊急事態法をご存知でしょうか?
 
自民党は2012年に発表した改憲草案(「日本国憲法改正草案」)で、自衛隊を「国防軍」などとする案と並んで、「緊急事態」の章を追加しています。
 
外部からの武力攻撃、内乱などの社会秩序の混乱が起こった時、地震など大規模自然災害の時、首相が「緊急事態」を宣言することが出来る、という規定なのです。
 
首相が緊急事態を宣言すれば、内閣が「法律と同一の効力を有する政令を制定することができる」とか、首相が「地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる」とか、書いてあります。
 
要するに「戒厳令」の復活なのです。
 
大災害を理由に時の権力者は「反対勢力」を取り締まる!これが自民党の改憲案の狙いなのです。
 
日本人は温厚で、理知的な国民です。大災害にも冷静に対処しています。なぜ、緊急事態法が必要なのですか?
 
自治体側は「各々の現場の判断」で敏速に対応したい!と考えているのに……災害を理由に、国家権力の肥大化を図ろうとする。不気味ではありませんか?
 
何が起こっても「改憲」に結びつけ、真っしぐらの安倍政権。この暴走を止めなくては……日本はまた「闇の時代」に突入してしまいます。
 
国民は冷静に災害と向き合っているのに。

<何だか分からない今日の名文句>

理性の国民、狂気の政権

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おまけは「産経ニュース」

古舘伊知郎が報ステ降板前に大言壮語! ナチス引き合いに改憲批判 原発事故と甲状腺がんの因果関係も強調 「偏ってるんです、私」



By Morikawa on 2016/04/17 21:48

原爆ドームの補修工事が終わっていました。

By Morikawa on 2016/04/16 9:10

 あっという間の5日間が過ぎましたが、一昨日からの熊本地域を襲った大地震、今も余震が続いています。真っ先に心配したのは教え子の一人であるI君(目下、難病のため熊本郊外のある病院にて必死の闘病中)のことでした。他の教え子からの連絡でご子息と連絡が取れ、無事とのこと、これだけ確認するのに丸一日かかりました。携帯電話がつながらなかったそうです。

 いつも大災害の非常時に起きる現象ですが、どうにかならないのかしらと思ったりしますが、やはり未だ解決していないようです。現場は大混乱しているというのにあのアベなる人物は「現地視察」をするという。どこまでも売名行為の好きな人物、目立ちたがりで、いつも自分が中心に居なければいけないという、思い込み、この幼児性は死ぬまで直らないでしょう。

すべての政党は選挙もふくめて一時「休戦」して被災地・者救済に全力を挙げて取り組む必要があります。

 地震大国日本ですから、どこにこの大地震が起きても不思議ではありません。「伊方原発は1号機、2号機、3号機とも異常は見つかっていません」とニュースで流す、この無神経さがたまりませんね。

 川内原発と離れていたのが不幸中の幸いでした。きっと全国の原発周辺地域の住民は不安がますばかりで仕方がないはずです。もういい加減に「電力不足解消」などという「嘘の宣伝」は止めてもらいたいと思いませんか。去年も一昨年も原発が止まっていても電力不足はおこりませんでした。原発がなければ電気代が上がるといいますが、原発被害による補償や廃棄物処理費にどれくらいの費用がかかるのか、それは計算からはずして「原発による発電がもっとも経済的」などと、マスコミを使っての大宣伝(電通を通しての莫大な広告宣伝のためマスコミ各社は批判記事を書くのを手控え、日経連・経団連をはじめ大企業の「広告引上げするぞ」という、脅しに怯えきっています。

 今日はこれから岡山経由で広島に向かいます。イタリアでお世話になった佳織さん一行が山中湖から三島で新幹線で南下してくるのです。明日の宮島行きまでは広島出身の私も応援に駆け付けるというわけです。今晩は広島泊まりです。広島と「言えばカープがここのところ連勝中で目下首位、今日からジャイアンツ戦、がんばって欲しいものです。

By Morikawa on 2016/04/04 15:06

 

 昨日はお隣のお寺さんと公民館で「九十九祭り」、朝からお餅つきがあり、甘酒のふるまい、お接待、我が家には幼馴染たち3人での昼食会(?)、夕方から雨が降り始め、今日の午前中まで降っていましたが、お昼にはすっかり上がり、一段と桜が映えています。

 こまごました野暮用のために久しぶりに街中を車で用足し、これから「旅の整理」をぼつぼつと始めましょう。郵便物も溜まっており、また原稿掲載誌も届きましたので、「研究活動・論文」のところを更新しました。

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