日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2015/11/23 10:03
ガマズミの実 今日の花は、ガマズミ,がまずみ(莢蒾)、花言葉は「結合」「無視したら私は死にます」だそうです。
By Morikawa on 2015/11/18 0:12

 去る13日のパリで起こった「大量殺害」(テロによる)事件に対して「テロに屈しない」という言葉が多く流されています。しかしだからと言ってフランスのようにいたずらに「空爆」をもって答えるのは「憎しみと復讐の連鎖」を拡大するばかりで事態の解決からは遠ざかっていくのではないかと、心配しています。

 こういう時だからこそ「なぜ、テロは起こるのか」「9.11以後の世界の動きの特徴を分析して何が言えるのか」を自分の頭で考えることが大事だと思います。「付和雷同」とは言いませんが、短絡的に反応していては日本も、また日本人も「標的」にされる可能性が大ではないかと、とても気になります。

 こういう時に牧太郎さんのブログ「日本魁新聞 」や加藤哲郎さんのブログ「ネチズン・カレッジ」が参考になります。リンクを貼ってありますので是非、ゆっくりとお読みください。またオールドリベラリストである自民党政権時代の元国家公安員会委員長だった白川勝彦さんの「永田町徒然草」にも目を配ってみました。きわめて冷静に分析しようとしておられます。

 以下は加藤哲郎さんの引用です。

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(前略)

しかし、この「憎しみの連鎖」の始まりは、ある程度特定できます。2001年の米国です。9.11直後から世界で語られたのは、「報復の連鎖を止めよう!」という反戦平和の声でした。ジョン・レノンの「イマジン」が世界中で歌われました。しかしアメリカのブッシュ政権によって、アフガニスタン、イラクへの「対テロ」報復戦争が強行されました。世界社会フォーラムがよびかけた、2003年2月15日のイラク戦争反対の統一行動には、全世界で1500万人もの人々が、街頭に出ました。日本では「100人の地球村」が、ベストセラーになりました。本サイトの「イマジン」コーナーは、9.11への非戦・反戦運動の中で、設けられました。米国のアフガニスタン武力介入は、15年たっても撤退できない泥沼化、そして、あの「大量破壊兵器」を口実にした米国のイラク戦争が、今日のIS=イスラム国誕生の直接の土壌になりました。今日では、CIAの大量破壊兵器情報が誤りであったことが、明らかになっています。多国籍軍で、アメリカと共に中心になったイギリスのブレア首相(当時)は、この10月25日のCNNインタビューで、イラク戦争の誤りを認め、謝罪しました。そのアフガン・イラク戦争の標的とされたアルカイーダ系から派生したイスラム原理主義過激派と、米国に徹底弾圧された旧イラク軍の一部が、今日のISの地域「テロ支配」と「報復戦争」の主力となっている、とみられます。今日の「憎しみの連鎖」は、米国の「対テロ」戦争から始まったものです。それによって、日本と日本人は、米国の従僕と同一視されて、テロの標的となる危険を高めたのです。

かと 日本政府は、いまだに米国のイラク戦争を支持した過去を、全く反省していません。日本の自衛隊の海外派遣は、いうまでもなく、イラクから本格化しました。その延長上で、日米同盟の強化と、今夏の集団的自衛権発動を含む戦争法制定が決められました。20世紀末の湾岸戦争の頃までは、まだ外交青書などで語られて、日米同盟の前提となる柱であった、国連中心主義、国際法と国際組織への貢献は、今では滅多に使われず、後景に退きました。それどころか、南京大虐殺のユネスコ記憶遺産登録を機に、国際社会から敢えて孤立しようとする動きも、強まっています。後藤健二さんらを人質にとられても、安倍首相はわざわざ中東まででかけて、米国の対IS戦争支持を表明し、ISの側からは、標的国の一つにされました。すでにチュニジアバングラデシュで、日本人の犠牲者が出ています。今回のパリでの日本料理店攻撃(流れ弾?)は、偶然でしょうか。オバマ大統領、プーチン大統領、安倍首相を始め、G20 首脳がトルコに集まる時機に、パリの大虐殺が起こったのは、偶然でしょうか。主催国のトルコ自身が、 シリア情勢・クルド問題・IS問題に深く組み込まれ、不安定になっています。安倍首相が、ここで米国に従順に自衛隊派遣や武器輸出など派手なパフォーマン スを採ると、ISとの関係では、日本人の生命の危機が、いっそう高まるでしょう。かつて中東では好意的にみられていた、この極東の狭い非イスラム国には、 原発・米軍基地・大劇場・大スタジアム等々、IS自爆テロの広報効果を最大化できる標的が、いくらでもあります。海外在住の日本人も、125万人にのぼり ます。日本外交に必要なのは、まずは中東情勢を冷静に分析し、隣国韓国や中国との関係を早急に回復して、米国ばかりでなく、国際社会全体の中での安全保障 と日本の役割を組み立て直すことでしょう。残念ながら、現在の安倍首相に、それを期待することはできませんが。国家としてイラク戦争を反省できないのは、 それが誤りであっても、国策だったからでしょう。

(後略)

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 残念ながら安倍首相にこのような冷静な分析と行動を求めることは元々無理というものでしょう。国内で問題山積しているにもかかわらず、臨時国会も開かず、ポーズだけ勇ましい振りをして「外交」と称して外国に逃げて行っている「裸の王様」ですから。

 

By Morikawa on 2015/11/16 9:31

サザンカ
今日の花は、サザンカ,さざんか(山茶花)、


花言葉は
「困難に打ち勝つ」「ひたむきさ」(白)「愛嬌」「理想の恋」「あなたは私の愛を退ける」(ピンク・赤)「理性」「謙遜」(赤)「あなたが最も美しい」(ピンク)「永遠の愛」


By Morikawa on 2015/11/12 23:05

   

 10日に京丹後鉄道の「小天橋」駅(左の写真)近くのMさん紹介の「すずらん」(右の写真)というホテル(?)にMさんの見舞いがてら「訪中関西代表団」の仲間が集まりました。50年前の11月11日に香港空港へ向け、羽田空港を出発、香港で1泊して翌12日に国境の羅湖から鉄橋を渡ってまだ国交のなかった中国の第一歩を国境の町・深圳に入ったのです。当時は田舎の駅舎であっさりとパスポート・コントロールを済まして入国したのを今も鮮やかに覚えています。詳細は一昨年出した『日中平和・友好の掛け橋に~1965年日中青年大交流の記録・思い出集~』(編集・発行、日中青年大交流「関西代表団、2013年)をご覧いただきたのですが、あれから50年、13人の団でしたが、すでに3人は物故、今回は8人が集まりました。

 お互いの無事を確認しつつ、その後の人生に「訪中」がどんな影響を与えたか、少しだけふりかえってみました。人によってはその後の人生に大きな影響を与えたようで(解雇その他)、その点では教員だった3人は当時の組合の力関係でほとんど影響はなかったようです。この点が今とはかなりちがうと思います。「職務専念の義務を免ず」という「職免」で訪中できたこと自体が「奇跡」に近いと思います。しかも外務省に座り込んだりの「旅券闘争」の上、訪中できたという、もはや「伝説の時代」の話になりますね。

 話は当然、50年前の中国に焦点が行くのですが、問わず語らず、それぞれの来し方を思い出しながら、体の調子や将来の健康不安など、結局は「お年寄り」の話題になるのですが、それでも「前向き」で話が進むのはそれぞれのところで今も「闘っている」からだと思われます。引き続き日中友好運動に今も参加している者は3人、後の5人は付かず離れずといった距離感がなんともいえませんね。

 一夜明けて朝食後、私はすぐに戻ったのですが、播但線には午前から昼過ぎまでの時間帯に豊岡・姫路間の特急が無いため、山陰線和田山に出て、各駅で寺前乗り換えで2時間以上もかけて姫路へ、そこでまた新幹線の乗り継ぎが悪く1時間待ちで岡山へ、後は予讃線に乗り換えて無事、観音寺に戻りましたが、9時前に小天橋を出て家に着いたのは夕方4時でした。実に7時間、久しぶりの長旅となりました。おかげで秋景色を堪能しました。

 家に戻ってどうやら原稿1本仕上げ、そして今日も校正と後1本を書き上げ、明日の講演の復習をしようと思いますが、もう11時過ぎていますので(野球中継とサッカー・アジア予選を見たせい!)寝るしかないでしょう。お休みなさい。

 

By Morikawa on 2015/11/10 8:51

 隔月で「スポーツ時評」を書いている『マスコミ市民』12月号のために「野球賭博」問題を取り上げて書き始めたいたら、NHKTVの昨夜7時のニュースで「巨人、3選手解雇準備、球団代表辞任」のニュースが流れました。

 今日の新聞各紙を読み比べながら書き直そうと思います。今日はこれから京丹後へ向かうのですが、列車の中で時間がありそうなのでしっかりと読み込み、少しだけ原稿送付を遅らせるつもりです。

 それにしても日大の国際法が専門だという名誉教授、暴力団から借金してまだ返していない、それいあまり罪の意識も無いというのも世間離れというか、社会常識も無いのには驚かされますが、そこに元JOC役員もからんで来ており、スポーツ界の「黒い霧」がまたもや出没ということなんでしょうか。どこまでも「マスコミ・ネタ」が噴出で肝心の現在の政治状況などを後景に追いやってしまう感じがしてなりません。安倍自公政権の支持率が反支持率より上回ったというNHKの世論調査の結果も伝えられています。

 そえにしてもマスコミ大手の安倍政権「御用達」ぶりは目に余ると思いませんか。しかも菅官房長官のテレビ見る「会見」の姿は横柄というか、国民を見下している態度がありありですが、質問する記者たちの腰の引けた話し方も情けなさ過ぎます。これでは国民の側から「権力を監視する」というジャーナリズムの役割は果たせそうもありませんね。テレビで安倍と菅の顔が見えただけでテレビのスイッチを切りたくなる人が多いというのも頷けます。

 ミャンマーのスーチーさんのように粘り強く闘い続ける強い意志が今大事なんでしょうね。

By Morikawa on 2015/11/09 11:43

ハナキリン 今日の花は、ハナキリン,はなきりん(花麒麟)、花言葉は「純愛」「冷たくしないで」「独立」「自立」「逆境に耐える」だそうです。

 あまり見たことのない花ですね。

By Morikawa on 2015/11/07 11:09

 1977年シエーナ大学語学研修以来の知人(シエーナ在住)の「企画」で不肖私が「ツアー」を引率・同道することになりました。料金もリーゾナブルというか、普通のツアーでは味あえない、アットホームで普通のイタリア人たちの週末、イベントなどの折にどんな楽しみ方をするかを実際に体験してもらう「旅」にしました。

 トスカーナはユネスコ世界遺産の地でもありますが、私の「イタリアひいき」の発生の地でもあり、特別の思い入れもあります。そんなこんなで昨晩からほとんで寝ずに、しかもレジュメ・原稿書きも置いておいての「奮闘」(!?)ぶりです。我ながら「血が騒ぐ」のでしょうか、困ったものです。ご関心のある向きはメールでご連絡ください。すでに3人方が「行く」とメールしてきました。できれば10人くらいのこじんまりした「旅」にしたいと思っていますが、あまりにも反応がいいのに自分で驚いています。

 

By Morikawa on 2015/11/04 16:06

 今朝はお寺の鐘の音を聞きながら目が覚めましたね。早速、トレーニングを兼ねたジョギング・ウオーキングに支度して仁尾まで海岸沿いをトレーニング、まあまあの調子です。

 まだ朝日が昇ってきていないので遠くも霞んだままです。

By Morikawa on 2015/11/03 21:35

 あっという間に早や「晩秋の候」といったところでしょうか。とくに昨日の朝は東京にも雨が降り、ラジオでは12月のクリスマスの頃の気温とかいっていましたが、着るものの選択に迷いました。その前日が暖かく、珍しいことに次男夫婦と孫と一緒に新宿御苑に出かけたのですが、いつもは私の顔を見ると泣き出すのですが、それもなくご機嫌だったのです。

 今回の「旅」は約2週間近く、当初予定していたスクーリングがキャンセルというので時間的余裕はあったのですが、その分、人に会ったり、絵を観に行ったりで結構毎日出歩いていましたね。

 今日の昼前に羽田から高松空港へ。そして買い物などをしながら家の戻り、久しぶりの琴弾廻廊(温泉)でゆったりと湯船につかりと言いたいところですが、いつもと変わらずサウナで汗を流し、塩湯と美人の湯(オリーブと米糠)も一通りというか、上を向いたままで足だけは蛙足と背泳ぎのバタ足を100回、というのも体重計で計ったら70Kgをオーバー、なんとか60kg台にしておかないという気持ですから、普段より多目の運動負荷をかけたというわけです。出るときに計ったらなんとか60台に戻っていました。

 今回の「旅」で感じたことは足腰が弱ってきているということでですね。とくに長く歩くと右ひざに痛みが出るのは困ります。今晩から意識的に運動量を増やそうと思います。

 アマゾンで注文しておいた本などが数冊届いていました。その中の1冊が島村洋二郎画集『恋の画帳』(編集・宇佐美英治、用美社、1988年)です。ギャラリーで買い求めた『眼の光 画家・島村洋二郎』(坂井信夫・島村直子編・著、土曜美術社出版、20009年)と合わせてしばらくは夭折の画家について調べてみようと思います。

 来週からの2つの講演+1回の集会のレジュメと連載原稿を2本書かないといけないのですが、まあなんとかやりくりしなければ「旅行」にもいけませんからね。今夜だけは少し早めに寝ることにします。

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