日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2014/09/29 1:11

 四国八十八か所 67番大興寺境内での一ノ谷スポーツクラブ会員によるお接待

By Morikawa on 2014/09/27 12:48

 昨日も今日も瀬戸は快晴、波は少々、遠くに広島側の島影が写っているのですが、写真では見えませんね。

By Morikawa on 2014/09/22 0:05

 富士山の麓・忍野村はすっかり秋景色 、気温も10度よりも低め

By Morikawa on 2014/09/10 22:56

 昨日から部屋で「お仕事」、いささか疲れます。明後日の『逐条解説・スポーツ基本法』の編集会議のために宿題となっていた序章の部分を書いているところです。その前にいくつかの野暮用が入ったりで原稿の方は行ったり来たりです。でもこういう時が一番充実感が持てますね。

 2年前に日本語で「日本スポーツ社会学会のこれから」と題する短文を英訳してもらった(たぶんリー・トンプソンさん )ものが大部の本となって出版されました(Messages to the World from Japanese Sociological and Social Welfare Studies Societies, Japan, July 2014) 。

 以下に日本語訳を掲載します。執筆は2010年11月です。

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日本スポーツ社会学会のこれから(森川貞夫)

 

 学会の「これから」を主として①研究内容、②学会の組織・運営、③学会としての地域・社会貢献、国際貢献活動の3つの側面からかんたんに述べたい。しかしその前提に私たちの研究対象であり存立基盤でもある「現代社会とスポーツ」の今日的状況の歴史的・社会的条件が問われよう。

 先ずは20世紀を象徴する資本主義の発達・成熟、機械文明の進展、社会主義の誕生と崩壊は、諸民族・国家の統合・分裂に加担し、その下で諸国人民に多くの不幸と生命・健康の危機的状況をもたらしたという認識からスタートする。そして縦軸に「戦争と平和」、横軸に「人間の普遍的人権の擁護・獲得」を置いて「スポーツは何が可能か」を問うことから出発しなければならないのではないか。なぜなら21世紀を10年経ても今なお人類史的・世界的危機の状況にあり、とりわけ日本は昨年の「3.11」以後、大地震および大津波による甚大な被害に加えて人為的ともいえる福島第一原発の放射能被曝による目に見えない恐怖に絶えず脅かされるという、まさに未曽有の危機的状況が進んでいると思われるからである。そうであればあるほどスポーツの存在・存続には「平和・人権・民主主義」の擁護・獲得が不可欠な要素のように思われるのである。

このような前提条件から最初の三つの側面をとらえてみると、第一は、これまでの学会における研究がどちらかといえば「実践的課題認識」への批判的視点の欠如、また研究テーマの多くが「政策追従型」であり、「政策誘導型」ではなかったかという「自己反省・自己批判」抜きに「これから」の研究はあり得ないであろう。学会員の拡大と研究成果の量的発展にもかかわらずそれらのプラス要因が「現代社会とスポーツ」の危機的状況を変革する力になり得ていないのはなぜか。それは第二の側面に関わるが、「学的共同体」としての学会が「学的議論の回避、対立の不明化」に陥り、「真摯に論争されることはこれまで一度もない」という「批判」に未だ応えられていないからである。

したがって第二の学会組織の運営に当たっては意図的に議論の成立を促進させ、あえて異なる研究視点と多様な研究方法の導入を図る必要があろう。それは学会活動のあらゆる領域、たとえば学会大会におけるプログラム(基調講演・シンポジウム、パネルディスカッション等における演者の選定等)、学会誌の編集内容等にも組織的な「介入」がしかけられるべきであろう。もちろん学会運営の恣意的かつ利害対抗的な弊害への危惧は無いわけではないが、それでもあえて学会員すべてに「開かれた組織」であることを前提に研究面での現状打開の方策を切り拓くことが重要ではないか。

そのためには第三に「研究のための研究」ではなく、それぞれの研究者が生活している地域あるいは日本社会で「スポーツで何が問われているのか」、また「スポーツに何が求められているのか」の課題意識を強く意識することから今後の研究テーマ、研究のありようを見直すことが必要であろう。「3.11」以後、この間に多くの研究者は「大震災とスポーツ」との関わりで「今、スポーツで何ができるか」を自問自答させられたはずである。同様な視点に立つならば「平和の文化としてのスポーツ」、「非暴力の文化としてのスポーツ」が問われ、さらに「開発とスポーツ」「環境とスポーツ」などのテーマがこれまで十分に取り組まれてきたとは言えないジェンダーや障がい者・同性愛者その他あらゆる差別されてきた者のスポーツへの暖かい「まなざし」を向けつつ新たに研究領域・方法を広げていく必要があろう。

一方、ますます先鋭化・高度化するチャンピオンシップ・スポーツやコマーシャリズムの行き着く先、メディアとの関係等、「これから」の学会のありようを規定する問題は多様かつ重層的であり、なおかつ問題は複雑化するが、これに応えるために「日本スポーツ社会学会のこれから」のいっそうの発展が求められているといえよう。

このような状況を総合して「これからの学会」に求められるのは決して政策追従や政策誘導型ではなく、むしろ「これからの世界と日本のスポーツ」のありようを提言していけるような「総合的・組織的研究体制」をつくっていくことが重要ではないかと思われる。むしろ手遅れの感があるが、「日本スポーツの基本計画」策定や「アジア・スポーツ(フォア・オール)憲章」策定への働きかけなど、学会がイニシアチブを発揮すべきことはいくらでもあるように思われる。

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かなりはしょって、しかも参考文献もし示していない文章ですが、果たしてどこまで真意が伝わったか、はなはだ心もとない「話」です。あくまでも参考までに。そして記録に留めておくために採録しました。不悪。

By Morikawa on 2014/09/09 22:04

 今日の花は、キク,きく(菊)、花言葉は「高貴」「高尚」「高潔」「私を信じて下さい」「女性的な愛情」「清浄」「破れた恋」「真の愛」、(紅色)「愛情」、(黄)「高潔」「ろうたけたる思い」「わずかな愛」、(白)「誠実」「真実」、(濃色)「私を信頼して下さい」、(スプレーギク)「私はあなたを愛する」だそうです。

 旧暦9月9日は「重陽の節句」。菊見をしたり、菊酒を飲んだりして、秋の節句を祝ったとようです。しかしお酒で菊がつくのはなんといっても「菊姫」でしょう。石川県の酒なんですが、九州・唐津のちょっとした「料亭」(実際は引っ込んだところあった小料理屋さん)に今は亡き社会教育の横山先生たちとご一緒したときでした。

菊はかつては薬用植物で、長寿のシンボルともされていたそうですが、よく似たのにイタリアなどでは精神安定用にカモミッラ(フランス語ではカモミール)がありました。ハーブの一種でしょうか。また、79年放映のアニメ「花の子ルンルン」第15話「花の街のヒロイン」に(白)「誠実」が登場したそうですが、覚えていませんね。
By Morikawa on 2014/09/04 0:17
 今日の花は、レンゲショウマ,れんげしょうま(蓮華升麻)、花言葉は「伝統美」だそうです。初めて見る花のようですが、どこで見ることができるのでしょうか。
By Morikawa on 2014/09/01 22:47
今日の花は、スパティフィルム(スパティフィラム)、花言葉は「清純な心」「爽快」

だそうです。

 長月の由来は、夜長い月という説が有力とか。長雨ですが。

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