日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2013/10/26 20:59
 映画「レオニー」(海外版)の講演と映画を丸亀・猪熊弦一郎現代美術館でありまた。イサム・ノグチを生み育てた、母レオニーの生涯を描いたものです。
By Morikawa on 2013/10/25 9:35

 先々週からこちらではお祭り(太鼓台、ちょうさ)が続いていますが、最後は近所のでお終いです。

 台風の余波を受けて雨の日が多いのですが、シュウメイギクも今が盛りでしょうか。

By Morikawa on 2013/10/18 15:26

 2500年前の春秋の時代に魯の国の孔子が弟子たちに語った言葉を集めたのが「論語」だそうですが、先の見出しの前後に

まなびてときこれならう。よろこばしからずや。ともり、遠方えんぽうよりたる。たのしからずや。ひとらずしていきどおらず、君子くんしならずや。「時に学び 時に習う 亦説(よろこばし)からずや」とあるのだと、『原発危機と「東大話法」』の著者、安冨歩が書いていたのを思い出しました。

 

By Morikawa on 2013/10/16 11:06

 少し落ち着いて身辺整理ができるゆとりが出てきました。夏場にがんばったので連載(『マスコミ市民』、『体育科教育』の2本)と(座談会)体罰・暴力問題の本質を問う、『体育科教育』11月号が発売中の雑誌に掲載されています(本HPの「研究活動・論文」のところにタイトルは書いてあります)。ご希望の向きには何部かありますので送りますので返信用封筒に切手を貼ってご請求ください。

 四国はすでに台風の通過した後ですので雨はおさまりましたが、風はまだ強いようです。今日の午後には白内障手術前の処置(レーザー使用)で夕方まで拘束されます。昨日に「88か所巡り」を歩いてやっている知人が大洲・内子辺りからスタートして25日頃に観音寺に着く予定で岡山経由でわが家を発ちましたが、雨はどうだったのでしょうか。それにしても岡山で蒜山、そして鳥取の大山を登ってきてからの「はしご」、60過ぎの女性ですがとにかく元気なのには驚かされます。それに女一人で「お遍路歩き」というのも信じられませんね。やはり「女性の方が強い」ということでしょか。

 私の民間ユネスコ運動の「最後の仕事」として キリスト教のサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路に倣って世界遺産登録の運動を四国・ユネスコ中心にやろうと思っているのですが、それが四国4県は微妙にそりが合わないというか、まとまらないらしく、どうやって手を付けようかと思案中です。

 

 、

 

By Morikawa on 2013/10/14 7:40

 香川県立丸亀競技場、四国4県の高校陸上競技大会 とても立派な競技場ですね。

By Morikawa on 2013/10/13 8:06

 一昨日(正確には昨日の早朝、1時前)に四国に戻ってきたのですが、その日はあまり眠れず、おかげで昨晩はCSシリーズで前田健太投手の好投もあって広島カープが8対1で2位阪神を下し、すっきりした気分でよく眠れました。

 久しぶりに裏山に行って蔵の前の壺に飾る花を取りに行ったりと、気分爽快です。一晩ぐっすり寝ると元気が回復するのはまだ若い証拠だと自画自賛しています。 韓国・スポーツ法学会元会長の延教授還暦記念誌の小論の校正もユンさんにお願いしてなんとかなりそうです。後は「運動器10年・日本協会」の機関紙の原稿と同志会OBG会(EGG)の機関紙に橘の追悼文、いずれも600字程度ですから、まあすぐに書けそうです。

 そこでかねてより考えていた「絵画の中の子どもの遊びとスポーツ」の資料整理と豪華版製作の企画づくりという楽しい仕事をゆっくりと練っていきたいものです。

 加えて「愛と夢の並列表記の工程表」づくりですかね。「フクシマ」原発事故被災地・者の復興と2020年東京五輪のための「工程表」です。乞う、ご期待!

By Morikawa on 2013/10/11 8:29

 10月9日、横浜・ AIGOにて「横浜快食会」10日遅れの誕生祝をしてもらいました。私が着ているのは超軽いダウンのベスト(?)、誕生日プレゼントです。ありがとう!

By Morikawa on 2013/10/09 9:06

 

 渋谷駅すぐの「隠れ家(?)」にて、なんだかわからない「会」でした。

By Morikawa on 2013/10/03 22:39

「24年間、温かい声援をありがとうございました。球団オーナーを始め、監督さん、スタッフ、裏方のみなさんに、励ましていただき、支えられながら、ここまで乗り切ってくることが出来ました。この広島で、広島東洋カープで一途に野球ができたことを誇りに思っています。そして、どんなときも支えてくれた両親と家族に本当にありがとうと言いたいです。この広島で、そして広島東洋カープで、一途に野球ができたことを誇りに思います」

TOP