日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2018/10/19 8:05
 今日、上京して前橋に向かいます。明日は群大重粒子線センターの「施設見学会」、患者会も協力してブースを出し、患者さんのご家族、あるいは一般の方からの相談をお受けします。合わせて「国保適用拡大」のための「署名活動」をします。

 20日夜はさわいの会で久しぶりに「勉強会」、そこで「2020年東京オリンピック・パラリンピックは地域に何を残すか」を話すことになっています。

 21日はそれこそ「今生のお別れ」を兼ねて東京教育大学新聞会OBG会出席のため箱根へ。さてさてどういう「旅」になるのか。楽しみではあります。それに広島カープが日本シリーズに向けて王手、巨人を倒せるか、これも楽しみです。

By Morikawa on 2018/10/10 14:17
先月、広島から帰ってきてからは『月刊社民』『まなぶ』の11月号特集号の原稿書きに追われ、いずれも5000字(実際には6000字?)、3000字と、通常の連載とはちがって倍以上を書き上げました

 

が、それは8日の「大島鎌吉さんの偉業を知る会」(金沢)に万全の態勢で臨むためでした。やはり行って良かったと思います。長年大島鎌吉さんの傍にいて大島さんから薫陶を得てきた伴先生と相席するということですから、緊張もしました。この間、ずいぶん、伴先生の論文やら著書を読ませてもらい、ますますこの2020年東京オリンピックと1964年のそれとのちがいがはっきりした感じです。いずれ報告書が出ると思いますが、残念なことに2020年東京オリンピックは、大島さんのような人物が居ないということです。                                 加えて森喜朗が組織委員会の会長ですし、さらに間が悪いことに安倍首相に小池都知事、そろいもそろって「スポーツの政治利用」を何とも思わない輩たちですから。しかもJOCにもかつての清川さんや大島さんなどの強者が居ないのですから、誰も今の「路線」を停める事ができないでしょう。この先どうなっていくのか不安は募るばかりです。                                     したがって、昨日が「   ピーター・ノーマン・デー」であることもすっかり忘れていました。   1968年10月   9日、つまり今から 50年前のメキシコオリンピック大会男子200M決勝の表彰式の台上で  2人の黒人選手(トミー・スミス選手と ジョン・カルロス選手が黒の手袋で人種差別の抗議して  皮の 黒手袋を突き出していたその時、ピーター・ノーマン選手は胸に「人権 のためのオリンピックプロジェクト」のバッジをつけて同じくそこに立っていたのです。あれから50年の歳月が流れてもオーストラリでは彼の功績をたたえて特別の「 イベント」が 開催されていました。名付けて「ピーター・ノーマン週間」です。       
By Morikawa on 2018/09/29 0:36

 昨日は朝のしおかぜで岡山経由広島へ日帰り。途中でFACEBOOKに続々とお祝いメールが届いているのに気がついたのですが、山陽新幹線の中、トンネルも多いので多くの方にメール返信できず失礼しました。

 自分でもまったく自覚がないのですが、当年とって79歳です。教え子の関係でスポーツ系学部新設のための作業を手伝っています。そんなこんなで今の所、雑誌の連載原稿に臨時の原稿依頼などをこなすこと、近隣での「講演」活動、高齢者対象の「いきいき健康体操教室」の指導が月2回、その他相談事、等々、結構、毎日を楽しくやりがいを感じながら過ごせています。

 たまに知人・友人たちが泊まりがけで訪ねてくれるのもありがたいですね。いつまでこうした生活が続けられるのか、若干、気にはなりますが、なるべく自然体で生活で生きていければいいかなと思っています。NHKラジオの「深夜便」の中でいくつか、気になる話やいい話、音楽などに誘われてうとうとしている時間も好きですね。でも右から左へ聞き流すので「いい話」があったなあ、で後はどんな内容だったか忘れています。わざわざメモを取ることもないか、などと自分の怠慢とボケを忘れているのですね。

By Morikawa on 2018/09/25 23:30
 一昨日と昨日、高知のレク大会の帰りにSonちゃんが来観。久し振りの再会ということで下げてきた高知の酒を痛飲、彼はすぐに顔が赤くなりますが、話すのはお得意、最近のレク協の様子や知り合いの連中の消息で盛り上がりました。昨日は紫雲出山の展望台まで登ったのですが、あいにく霞んでしまって岡山・広島辺りは望めず、瀬戸内は東山魁夷美術館を訪ねて右の絵を発見。東京芸大にあるのだそうです。青木湖のスケート風景、もちろん戦前のものです。
By Morikawa on 2018/09/19 8:56
 どうやら暑い夏は遠ざかったようです。このところ過ごしやすい日が続き、「仕事」もうまくこなしています。2週連続で「スポーツ界の不祥事と森加計問題を考える」で「講演」(?)、少しずつ中身をアレンジして変えてはいますが、聞いてくださる相手が違うのと、終わった後の質問に驚かされています。まあそこが楽しみなんですが。月刊誌の連載は今月は2本、どうやら話の種はつきませんので書き始めると「一気呵成」のいきおい、テーマが決まるまでは悩みます。『まなぶ』の方は珍しく地元物の話題(子どもたちに人気の「流れるプール」存続問題)にひっかけて書いてみました。

 それにしてもスポーツ庁は「スポーツ統制」に色めき立っているようですね。ガバナンスをいうなら自らの力量を問うて欲しいものです。碌な専門職が居ない中でキャリアのやりたい放題ではないかと思います。

 そうそう忘れるところでした。一昨日、市民会館の開館1周年記念事業で映画を観てきました。佐藤浩市と樋口可南子の共演、北海道・美瑛町の四季折々の風景を背景にすてきな夫婦の物語でした。

 石を積むのと愛を築きあげていくことが重なっているのですね。物語は映画のHPでご覧ください。町工場を廃業して北海道に渡るというのも非現実的ですが、それでも彼女の思いが込められていたことが途中からよくわかります。逝ってからの「手紙」も素敵でした。

 テレビで観るよりもずっと映画専用の大画面でゆっくりと鑑賞するというのは贅沢でしょうか?昔はそれが当たり前だったのですね。佐藤浩市もますます三国連太郎に似てきた感じで映画俳優としての円熟味が出てきた気がします。

By Morikawa on 2018/09/11 11:13
ようやく秋雨から解放されて太陽を拝みました。7日に四国に戻って以来、資料の整理やら「講演」の準備やらで一日中、時間を費やしていましたが、昨日、やっと丸亀の楠原外科にリハビリにも行き、一の谷コミュニセンターのKさんにも会い、長時間お喋り。そして今朝の晴間に気分もすっきりして、溜まった郵便物の整理もでき、HPも更新、これか土曜日の坂出革新懇で「講演」準備です。
By Morikawa on 2018/09/05 15:44
 21号台風の余波であちこちにカラ松の枝が散乱しています。Yさんのテラスの上のガラスを突き破ってみごとに枝が刺さっていました。まるでそこに植えてあったように立っています。

 写真を撮ったのですが、動画になっていましたのでアップできません。どうもシャッターの押し方が悪いのでしょうね。

 明日、忍野を引き揚げて7日に研究会の発表が終わり次第、羽田から空路で四国に戻ります。これでやっと日常の生活に戻るわけです。今夏はずいぶんゆっくりと忍野で涼をとりましたので秋からは心機一転、頑張れるはずです。

By Morikawa on 2018/08/27 15:43

今朝の5時ちょっと前、こちらに来ておよそ1っか月、ようやく捕えた朝明けの富士山です。頂上付近から5合目にかけて山小屋が見えるのですが、おわかりでしょうか?夜は点々と灯が灯っているので良く見えます。ただし、晴天に限ります。


By Morikawa on 2018/08/25 11:25
 とりあえず携帯電話のカメラで写しました。少しサイズが小さすぎましたね。今週は20、21日と広島を訪ね、初日は広島空港から総領の和田さん宅に直行、H君の運転するくるまでしたが、1時間ほどで到着。とたんに和田さんのお喋りは止まらず、和子さんが夕食の準備ができましたというところでストップ、その間、手術後の疲れを心配しながらの「ご講義」拝聴。

 夕食は和子さん自慢の地元でしか取れない食材を使った和食、私だけがビールをいただきました。8時過ぎに広島市内のホテルに着き、シャワーを浴びてから約束の9時にレクリーダーのOさんに会い、H君を紹介、話なとんとん拍子に進み、快諾を得た次第です。翌日、大学に戻って事務方wふくめた打ち合わせ、これも首尾よく終了、すぐに広島空港へ駆けつけたのですが、15時20分のキャンセル待ちは取れず、次の17時発のANAで羽田へ。

 翌23日、忍野へ。それからは台風の余波で雨風がひどく、やっと今日になって晴天が戻ったというわけです。ぼつぼつ夏仕様を閉じて冬支度をしなければならいのですが、ほんのひとときの「涼」を楽しみたいと思います。

 明日は日曜ですが、日野まで介護予防実践運動指導員の講座で出かけます。日帰りですが、吉田の火祭りは見物しないで忍野に戻ることになりそうです。

By Morikawa on 2018/08/17 11:43
 今朝の富士山は晴れ晴れ。真ん中辺に山小屋が5合目から9合半まで点在しているのですが、夜は山小屋の灯が道のようにつながって見えるのです。

 こういう日の富士登山客はご来光から夕焼けまで見えるはずです。下からは朝焼けがきれいに見えるのですが、時間が遅いと残念ながら赤く染まっているのが消えてしまい、左の写真のようにしか見えません。

 吉田の「道の駅」で偶然、昨年シチリア旅行を同道したKさんとばったり、しばらくは河口湖の別荘の方で滞在とか。百合子さんと一緒に食事の約束をしました。

 彼女もきっと「孫疲れ」しているはずですので、夕食会の「誘い」は歓迎のはずです。それが終わると、ぼつぼつ、「忍野仕舞い」の支度をしながら、四国に戻る準備をしようと思います。すでに丸亀、坂出の革新懇での「講演」のレジュメつくりも済んでいます。後は明日までに『まなぶ』9月号の原稿を書くだけですね。テーマが多すぎて絞り込むのに苦労します。

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