日記 Diary

私の日記というよりも日々思うことを自由に書いておく「メモ」だと思って気楽にお読みくだされば幸いです。
By Morikawa on 2020/12/01 20:38
今日から「師走」。

 今年もいよいよ残り1ヶ月を切りました。なんといっても今年は、「コロナ禍」で明け暮れた年となりました。おそらく後世の歴史に記録される年になるのは間違いないでしょう。私個人にとっても車の免許更新」のために足かけ2ヶ月、忍野村で一人過ごす羽目に遭い、また9月末からは学生相手に「講義」をするという「現役復帰」となった年でもあります。今日も明日の講義のために準備をしましたが、これだけ時間をかけて「講義の準備」をするのも未だ買ってなかったことです。その意味でも「学習の楽しさ」を味遭うことになりました。

 まだ終わったわけではないですが、コロナ禍の後遺症として何が残されるのか、しっかりと見届けなければなりません。ここに来て突然、元首相・安倍晋三を追及する大きな「訴訟」が始まりました。これも取り逃すことのないようにしっかりとみていかなければなりません。

 まだまだやることはたくさんあります。

 

By Morikawa on 2020/11/29 16:56
来週の講義の準備はすでに先週にレジュメを送っていますので安心して地域行事に出かけました。市の包括支援センターの肝いりで昨年から発足した地区の第2層支援組織、地域名に高室を入れて「あいあい高室」と呼びます。私も知り合いの推薦があってメンバーの仲間入りです。コロナ渦の影響で今年は9月からのスタートです。昨日の続きで今日は有志でベンチ設置場所探しです。幸い私の周辺には隣のお寺さんがあり、そこの駐車場と港のところのバス停の傍に置ければいいということで決まり。

 よその地域はあまりよくわかりませんのでほかのメンバーにすべてお任せです。競馬のジャパンカップが気になりましたが、致し方ありません。

どうにかレースに間に合いました。1・2・3着とも人気通りで決着、馬連330円、3連複300円、なぜか枠連が350円、ボックス買いだとどうしようもないほどの「あがり」、ワイドのボックス買いが300円で580円、勉強になりました。

 後で気がついたのですが、Mさんから「お酒」のプレゼント!あわててショートメールで問い合わせしたら、「日記」に「一応私も勤労者ですのでどこかからかお祝いの言葉や一品もあってもよいかと思うわけですが、今のところそれはないです。」と、書いたのを読んでくれたのですね。申し訳ないことをしました。息子たちに書いたつもりだったのですが。

 というわかで今晩の晩酌は灘の生一本といきましょうか。Mさん、ありがとう!

持つべき者は「良き教え子!」でしょうか。

By Morikawa on 2020/11/23 16:47
あらためて三連休の最後が、「勤労感謝の日」だったのですね。子どもたちは遠くに住んでいるので家族集まって特別お祝いの席をもうけることはありません。ネットで見ると、いろいろなプレゼントや「食事会」など、それこそ商魂たくましい企業・お店などのPRもありますが、どれもこれも目移りしそうです。

 今年の秋から大学での講義が始まりましたので一応私も勤労者ですのでどこかからかお祝いの言葉や一品もあってもよいかと思うわけですが、今のところそれはないです。

 その代わり、25日は代休ですので高知県立美術館のc招待券を松田百合子さんからいただいたので泊まりがけで行こうかと思います。お目当ては「ひろめ市場」での鰹のたたきと馬路村特産の柑橘のカクテル、それに四万十川のうなぎ丼でしょうか。復路は仁淀川沿いを走って愛媛県の大洲に出て珈琲店「カトラッチャ」に寄ってランチを食しながら、豆を煎ってもらおうかと思います。

 

By Morikawa on 2020/11/10 9:40
先日来、更新しようと試みるのですがうまくいきません。それは『マスコミ市民』11月号に掲載した「時評」を添付しようとしたのですがだめでした。

それで原稿をそのままに以下にコピーして張りつけます。

題して

「二度と国民を戦地に送る中継はしないでほしい」~NHKアナウンサー・志村正順の「遺言」

                 市民スポーツ&文化研究所 森川貞夫

 去る10月21日は、戦前の「出陣学徒壮行会」から57年の記念すべき日であった。すなわち1943(昭和18)年10月21日、第二次世界大戦の戦局悪化のために学業半ばで戦場に送り出すために明治神宮外苑競技場に東京・神奈川・千葉・埼玉の各大学・(旧制)高校・専門学校など77校、約2万5千名(詳細は未だ明らかではない)による盛大な壮行会が開催された。スタンドには降りしきる雨の中に徴兵猶予された理工系学部生、(旧制)中等学校生徒、女学徒など計96校、約5万名が動員され、出陣学徒を見送った。この壮行会の様子はNHKによる2時間半の実況放送、後に映画も制作され、国民の戦意高揚に大いに利用された。

今も当時の状況は先の「実況放送」「映画」で見ることができる。出陣学徒の雨中の入場行進、宮城遥拝、東条英機首相の訓示、出陣学徒代表(東大・江橋慎四郎、後の東大教授)による答辞、「海行かば」の斉唱、最後に競技場から宮城まで行進したが、学校ごとに大隊を編成し、大隊名を記した小籏のついた学校旗を掲げ、学生帽・学生服に巻脚絆で身を固め小銃を掲げて行進する姿にはいくら戦争中であれ、学業半ばで戦場に向かわなければならなかった学徒たちの無念を思うと胸つまるものがある。

このときNHKの実況放送を担当したのが大相撲やプロ野球をはじめスポーツ実況放送で活躍した名アンウンサー、志村正順(後に野球殿堂入り)であった。この「話」には裏話があって実は当日、アナウンサーとして予定されていたのは「双葉散る!双葉散る!双葉敗る!双葉70連勝ならず!!」の「絶叫」で有名な和田信賢であった。しかし彼は壮行会当日、前夜の飲み過ぎで体調を崩したために和田アナウンサーの控えに当時若手であった志村正順が急遽実況することになったというのである。もちろん、志村の実況力は定評があり、物の見事に「出陣学徒壮行会」を実況したし、「上司から言われた通り、国から言われた通りに、聴く人を鼓舞するような、煽るようなこれで(戦争の)情勢がかわるんじゃないかみたいなニュアンスで学徒たちを送り出した。それが評判になって、以後志村正順アナウンサーはスター街道を驀進」(刈屋富士雄)したという。

ところがそれから10年ほど経った時に志村さんはある人からその時の真相を聞いたのだという。ここから先は刈屋富士雄さんに直接語ってもらった方がいい。「あの時和田さんは今さら大学生たちを戦地に送っても情勢は何も変わらないことを知っていた。ただ死なせ

に行かせるだけだ。死にに行く若者を送る中継なんだ。であれば煽り立てるような放送ではなく淡々と事実だけを伝える中継にすべきだ。それが死にに行く若者たちへの礼儀なんだと言って、NHKの上司と延々と議論したそうなんです。上司としても国から国民の士気を高めるための国家プロジェクトだと言われているので認めるわけにはいかない。それで和田さんは(実況放送から)外された(刈屋富士雄「今こそ、オリンピックの未来のために」(スポーツネットワークジャパン企画編集『スポーツゴジラ』第48号、2020年10月)。

その後日談であるが、志村さんがその後、この「真相」を知って、「上司に言われまま中継して、それが認められて有頂天になっていた自分が本当に情けない。真相を知った志村さんはほぼ鬱状態になったと言われたが、アナウンサーとして早くに一線を退き、NHKをやめた後は(中略)奥さんの実家のあった名古屋に引きこもって表舞台に出てこなかった」。

それから何十年ぶりかで表舞台に立ったのが、先の野球殿堂入りを祝うパーティであったという。再び刈屋さんを引用するが、「本人は、これが遺言になるかもしれないとおっしゃっていました。最後のチャンスだと思うから今日来たんだと。そこで志村さんが語ったのは、「いいか、NHKのアナウンサーは、NHKのスポーツアナウンサーは二度と国民を戦地に送る中継はしないでほしい。二度と上司に向かって中継をしないでほしい。国民に向かって視聴者に向かって中継してほしい。これが自分の遺言だ」。

 志村さんの「遺言」を私はそのまますべてのマスコミ関係者に伝えたいと思う。「二度と国民を戦地に送る報道をしないでほしい」と。


By Morikawa on 2020/11/02 17:04
すでに霜月(陰暦だと今の12月だそうですが)。ちょっと霜が降りるには早いですが、朝5時半のウオーキングに出る時は寒さを感じますね。『まなぶ』11月号には「2代目庁官も金メダリスト 官僚支配は止まらない」でやや比喩的にとうか揶揄的にというか、「スポーツ行政の顔」としての金メダリストの起用ですから、期待してみても始まらないわけです

 心配なのは来年以降の日本のスポーツの進むべき方向をどうするのか、誰が音頭をとるのかということです。「オリンピックが終われば後は野となれ山となれ」ではあまりにもしょうがないでしょう。

IOCバッハ会長も森喜朗2020東京オリパラ組織委会長もこれに小池都知事、菅首相もすべてはWHOからの再度の「コロナ感染拡大によるパンデミック宣言」で「オリンピック中止やむなし」のご託宣が出るのを待っている感じです。自分で責任をとろうという考えはまったくありません。アスリートも国民もそのことを深く考えないと後悔するでしょう。

By Morikawa on 2020/10/30 8:57
更新する頻度がどんどん落ちています。今の世の中に落胆することはあっても希望をもてることはない、と言い切れるほどつまらなくなってきたせいと「言い訳」をしていますが、ほんとうに新聞を開くのが嫌になるくらい今の「スガ政権」のひどさは目を覆いたくなります。

「澤藤統一郎の憲法日記」(10月29日)にあるように「スガ答弁のお粗末はこの上ない。誰が起案するのかは知らないが、よくもまあ、こんな支離滅裂な情けない原稿を作るものだと呆れる。その説得力のなさが志位質問における任命拒否違法の指摘を際立たせることとなった。もしかしたら、スガ答弁の起案者はスガに、ひそかな怨みをもつ人物ではないかとさえ思わせる。」

 そして最後は、「本日のお粗末なスガ答弁の原稿。これが、「優秀な官僚」たちが鳩首相談して練り上げたものだろうか。結果として、国民にはスガの、精神的自由に関する理解の欠如、「教養の無さ」が強く印象づけられた。

早くも、「菅義偉という人物像」が露呈している。菅義偉、こんな人物を我が国の首相にしておいてよいものだろうか。」と結んでいる。

 正気なところ毎朝新聞を開くのが苦痛であり、見出しだけを見てやり過ごす、これではいけないのではと思いつつそうなってしまいます。先日の「学生の生活実態調査」では新聞を読んでいるのが70人中3人、主たる情報源がテレビとスマホだというのが圧倒的ですからよほどメディアリテラシーがしっかりしていないと、完全に「スガ」のような人間になってしまいうでしょうね。

 それに本を読まなくなってきていますから先が思いやられるどころか、世も末でしょうか・これも年寄りのひがみ根性だと言われるでしょう。

By Morikawa on 2020/10/23 14:38
陽が落ちるのが早いというか、この間まで暑い暑いと言っていたのがウソのような朝夕の冷え込みようです。こちとらもぼつぼつ薪ストーブの用意をしなければならなくなりましたが、クヌギの薪を運ぶのがたいへんでチップというか、ペレットをくべるだけのストーブが歳をとったら便利ですね。今のノルウエーだかスウエーデン製だかのを下取りしてもらってペレットストーブに変えられないか、「薪おじさん」に電話しました。これだと毎日、1袋くべるだけで済みます。もちろん、灰の処理はありますが。

 内外共に政治の世界は大変です。こうも住みづらい世の中にどうしてなってしまったのだろうと嘆いてみても始まりません。どう変えていくか、ですね。

By Morikawa on 2020/10/20 9:50

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6 名

石川逸子

日本学術会議が推した新会員中 6名を
任命拒否し 抗議も無視する 菅首相

6名とも 最近の国の政策に異議を唱えたひとたちです
かつて戦争協力したことへの反省から
誕生した学術会議
任命拒否は
その昔に戻すぞ との
わたしたち人民への明らかな果たし状ではありませんか

特定秘密保護法
安全保障関連法
名護市辺野古の米軍基地建設
「共謀罪」を含む改正組織処罰法
これらに反対する学者の呼びかけ人
あるいは賛同人になった学者
抗議の声明を発した学者
国会の参考人質疑で批判した学者

政府の意のままに 学術会議を従わせ
アメリカの忠実な僕となって
軍事研究を行わせたいために
従わないものは 冷酷にバッサリ斬る

かたや 携帯の値下げ 不妊治療への賛助
若者たち 女性たち へ 媚びを売れば
支持率は上がる 何ほどのこともないわ と
高をくくられるほど
わたしたちは 愚かで無力だと思われているのでは?

6名は きっと あなたであり
わたしなのです
わたしたちの首を絞める 手が
すぐそこまで スウッと伸びてきています

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わたしたちの首を絞める手が・・・・・・。

恐ろしい世の中に戻りつつあると思いませんか?

By Morikawa on 2020/10/12 8:51
これも「2020東京五輪」のせいでしたが、いつも10月第二月曜日にあるはずの「スポーツの日」が今年に限り無いのを忘れていました。7月24日だったんですね。

 ところで最初は「体育の日」ではなく「スポーツの日」だったのを1964年の東京オリンピックの後に「体育の日」に変わったのだそうですが、スポーツ振興法制定当時(1961年6月16日)は確かに「スポーツの日」とあります。すっかり失念していました。

 来援のカレンダーはまた7月24日にするのでしょうか?

9月末から広島国際大学健康スポーツ学部で「スポーツビジネス論」を担当することになって2回ほど授業をしましたが、意外というか学生が礼儀正しく、真面目なので驚きでした。しっかりと授業をやるので終わった後はぐったりします。来週からは授業当日は東広島のホテルに泊まってゆっくりと次の日に四国に戻ることにします。

By Morikawa on 2020/10/02 12:12
9月30日の広島国際大学健康スポーツ学部での初講義のために前日広島入りして備えました。

集まった学生は定員の70名にほぼ近い数でやや安心しました。ジャージー姿の学生もいますが、マスクをしている姿にはこちらが少々驚きでした。意外にというか、黒マスクの多いのにはなんだか慣れないせいか不気味さを感じましたが、講義が始まってみると学生の熱心な聴講ぶりに気分が爽快になり、あっという間の60分が過ぎました。アンケート記入などもあり、授業はオリエンテーション中心に70分でお終いにしました。後ろの方の座席では寝ている学生の姿もありましたが、初回にしてはまあまあでしょうか。

 久しぶりに教壇の前で立ち続けでしたのでももの筋肉やらが硬直した感じです。次回からは適宜椅子などを用意してもらい、楽な姿勢で講義が続けられるようにしたいと思います。学生たちの半分以上は自宅通学ではなく寮やアパート住まいのようですが、おいおい彼らの実態にも迫っていこうと思います。

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